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■第55話 あの子


 

 

  ”ホヅミさんも、アンタの・・・


   ・・・アンタの、こと・・・ まだ・・・ 

 

   

   まだ、あの頃のまま・・・ きっと、好きで、いるよ・・・。”

 

 

 

マヒロが言った一言が頭をグルグル巡り、ショウタは心此処に在らずといった

面持ちで暫し呆然としていた。


毎朝の新聞配達の帰りに必ず見つめるシオリの病院も、いつものそれとなにも

変わらずその愛しい姿を見付けることなど出来ないのに、見つめるだけで何故

だかやたらと切なく歯がゆく胸を打つ。

 

店に立っても家にいてもショウタはただただ呆けた感じで立ち竦み、そうかと

思うと突然その場にしゃがみ込み頭を抱え深く深く溜息をついた。

 

 

 

 

  (どうする・・・


   でも、どうしたらいい・・・?


   ・・・今、俺に、なにが出来る・・・?)

 

 

 

 

するとある夜、部屋のドアを2回ノックする音が聴こえた。


ショウタが顔を上げそっと目線を移動すると、そこには父親が立っていた。

『ん?』 滅多に部屋になどやって来ないその姿にショウタは首を傾げる。


『・・・いいか?』 部屋に入ることを小さくひと言確認し、静かに足を

踏み入れた父。 まるではじめて入ったかの様に少し微笑みながら部屋を

見渡すと、ふと勉強机に目をやった。

 

 

そして、机の前に立つとそっと手を伸ばしそれを掴んで1冊引き抜いた。

 

 

 

 『お前・・・ 新聞配達、何年続いてる・・・?


  ・・・資格とる為に、随分がんばったなぁ・・・。』

 

 

 

口数の少ない父が、ぽつりと低く呟く。


その手に掴んでいたのは、ショウタが取得した資格試験の参考書だった。

高校生の頃から新聞配達を続け、貯めたお金で夜間の学校に通い数々の

資格を取得していたショウタ。

 

 

 

 『栄養士・・・ 食学士・・・ 野菜ソムリエ・・・


  食育マイスター・・・ フードコーディネーター・・・。』

 

 

 

本立てに並ぶ参考書のタイトルをひとつずつ読み上げる父。

指先でそれらの背文字をなぞり、やわらかい微笑みを浮かべながら。

 

 

 

 『あれだけ勉強嫌いだったお前が、


  こんなに勉強して資格なんか取って・・・

 

 

  コレ、八百屋で活かす為じゃないんだろ・・・?

 

 

  ・・・あの子の為なんだろ・・・?』

 

 

 

ショウタはなにも言えず黙って父を見つめていた。


普段会話らしい会話もしない寡黙な父が、実はこんなに自分を見てくれて

いたのだとはじめて気付く。

 

 

 

 『昔・・・


  お前が倒れて、あの子が見舞いに来た時・・・

 

 

  あの子、母ちゃんに抱き付いて大声あげて泣いてたんだぞ・・・


  お前と離れたくない、一緒にいたい、って・・・

 

 

  あんまりの大声なもんだから、店にまで聴こえてた・・・

 

 

  あの時、一番ツラかったのは・・・

 

  ・・・きっと、 ・・・あの子だ。』

 

 

 

その父の言葉にショウタが目を見張り息を呑む。

今も胸を深くえぐる、あの日のシオリのあの言葉。

 

 

 

 

  ”勉強の邪魔なのっ!! 


   もう、ほんとに・・・ 迷惑だからやめてほしいのっ!!!”

 

 

 

 

  (あれは・・・


   ・・・俺を突き放すために、わざと・・・。)

 

 

 

すると、父はそっと窓の外に目をやって嬉しそうに微笑んだ。

情けない下がり眉で目尻には無数のシワが刻み込まれた、朗らかなそれで。

 

 

 

 『医療で人の命を救うのと、


  栄養で人の体を守るのと、

 

 

  ・・・向いている方向は、同じなんじゃないのか・・・?』

 

 

 

そして、父がやわらかい声色で弾むように言った。

 

 

 

 『ほら、急いで外行ってこい!!』

 

 

 

『え?』 ショウタがその意味が分からず、父を見つめる。

 

 

 

 『たった今、あの子が走ってやって来たぞ。』

 

 

 

そう言って再び窓辺に向けた父の目に、橙色のミムラスがたったひとつ

蕾を膨らませ花が咲いているのが映っていた。

 

 

 


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