■第49話 原チャリの鍵
ツカサは待合せ時間より少し遅れて、ショウタが待つ駅前に向かっていた。
遅刻癖があるツカサにとっては、ショウタを多少待たせること等なんでも
ない事だった為、然程慌てる様子もなくのんびりと賑わう駅前を進む。
するとふと何気なく向けた視線の先、泣きはらしたような顔をしたシオリを
道路向こうに見付けた。
『ホヅミ・・・ だよな・・・?』
何事かとツカサは慌てて駆け寄り、その顔を覗き込むように心配そうに
見つめる。 数年ぶりに会ったシオリを目に、ツカサはその様子に驚いた
顔を向け、しかし事情を訊いていいものかどうか言いよどんだ。
『ワタベ君・・・。』 慌てて細い指先で目元を拭ったシオリ。
しかし何をどうしたって真っ赤なそれは隠しようが無かった。
その後はなにも言えず黙り俯いたシオリ。 ツカサもこのままシオリを
置いて立ち去ることも出来ず、困り果てた情けない顔を向け立ち竦んだ。
するとシオリの頭に、先日レイから言われた言葉が浮かぶ。
”ちゃんと自分で確かめたの??
ヒトからの情報だったら、そんなの私は信用しないな。”
結局ショウタ本人には怖くて確かめられなかった、”それ ”。
確かめたところで今更どうなるというのだという気持ちと裏腹に、
本音を言えば確かめたくて仕方ない気持ちが込み上げる。
暫く哀しげに俯いて言いよどみ、やっと静かに口を開いた。
『ねぇ・・・
ヤスムラ君て・・・
・・・セリザワさんと、付き合ってるんでしょ・・・?』
シオリが真っ赤な目でツカサを見上げる。
ツカサの返事を待たず、まるで答えに怯えるようにシオリは早口で続けた。
『ちゃんと幸せそうに笑ってる・・・?
あの頃みたいに、バカみたいに呑気な顔で笑ってる・・・?』
突然矢継ぎ早に発せられたシオリのその言葉に、ツカサは言葉を失った。
ショウタがいまだにシオリを想い続けている事に気付いていたツカサ。
しかし、シオリが従兄弟と結婚をするらしいという事も知っていたし、
今更そんな話をしてどうするのかと訝しがった瞬間、ツカサの目にシオリの
左手が目に入る。
在るはずのそれがない、薬指が。
(まだ、結婚・・・ してない、のか・・・?)
ツカサは無責任に ”それ ”を言っていいものか悩んでいた。
シオリが泣きはらした真っ赤な目で訊いた、その意味を考えあぐねる。
なにがどうなって、今現在どんな状況なのかサッパリ分からない。
しかし、嘘をつく必要なんてない。
間違いだけは正していいはずだと、ツカサは確信していた。
そして、ひとつ息をつく。
瞬時に頭の中で言葉を選び、言うべきこと言わなくていいことを考える。
『んな訳ないじゃん・・・
アイツはそんなに器用じゃないよ・・・
他の奴と付き合えるほど、あのバカは器用じゃない・・・。』
『え・・・?』 マヒロと付き合っていると思い込んで疑わずにいたシオリが
目を見張る。 シオリの心臓は早鐘の様に猛スピードで打ち付ける。
『あの頃みたいには笑わないよ・・・
ホヅミの前じゃなきゃ、アイツ・・・
・・・あんな風には、笑わない・・・。』
耳に聴こえたその言葉に暫し呆然と立ち尽くし、再び崩れ落ちるようにしゃがみ
込んだシオリ。 地面の小砂が付いた膝とハンプスが、小さく擦れてすっかり
汚れてしまっているのも気付かぬままに。
あの頃、呆れるほど朗らかににこやかに毎日毎日情けない顔で笑ってくれた
ショウタの笑顔を想い出していた。
”ホヅミさぁぁああん ”と教室戸口で叫ぶ、やさしい低い声。
溢れそうな想いがこもった様な、やたらと温度の高い大きな手。
(好き・・・
ヤスムラ君が、今でも大好きだよ・・・。)
再び、とめどなく涙が頬を伝う。
涙腺が崩壊したかの様に、感情は溢れて止めることが出来なかった。
その時、力が抜けたその細い指から離れたカバンがストンとアスファルトに
転がり中に入っていたキーホルダーが飛び出した。
泣きじゃくるシオリをどうする事も出来ずに見つめていたツカサが、そっと
体を屈めてそれを拾い上げる。
そして目の高さに上げ、まじまじとそれを見つめた。
『コレ・・・
アイツの原チャリの鍵に付いてるやつと同じだ・・・。』
いまだに大切に宝物のように持ち続ける情けない顔をした生物のキーホルダーが
ツカサの指先で揺れていた。
修学旅行のあの日、”おそろい ”とそれを目の高さに上げてえへへと笑った
高校生のショウタがシオリの脳裏に浮かんでいた。




