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■第48話 また明日 

 

 

  言いたくない


  言いたくない

 

 

次の言葉を言ったら、再び離ればなれになってしまう。

 

 

でもいつまでも道路でふたり立ち竦んでいる訳にはいかなかった。


そんなの分かってはいるけれど、それでも諦めきれずまだこうやって一緒に

いられる理由を、ふたりは必死に探していた。

 

 

 

  離れたくない


  このまま、傍にいたい

 

 

 

しかし互いに胸に秘めた本音を言うことなど出来ないまま、横断歩道の信号は

何度色を変えただろう。 信号の鳴き交わし音、雑踏、車のクラクション、

街頭テレビから流れるやかましい音楽。 土曜の街はふたりだけを取り残して

どんどんその喧騒を増してゆく。 

 

 

 

 

   ”ぁ、ちょっとこれから待合せで。”

 

 

ふと、先程のショウタの言葉を思い出したシオリ。


ショウタは ”待つ人 ”の元へと向かわなければならない。

あの頃自分にのみ向いていた陽だまりの様なショウタの笑顔は、今は別の人に

向けられているのだ。

 

 

自分から言い出さねばと、シオリは覚悟を決める。


ひとつ息を呑むと、白く細い喉元が小さく上下した。 耳の奥がキーンと鳴り

全神経が集中しているかの様に、体の中で急速に脈打つ鼓動が耳障りな程で。

 

 

それは抑揚のない感情を押し殺した声色で、アスファルトにぽとり落ちた。

 

 

 

 『・・・じゃぁ。』

 

 

 

すると、ショウタは咄嗟に泣き出しそうな顔を向けじっとシオリを見つめた。

その視線は、訴える様なすがる様な胸を締め付ける熱を帯びて射る。

 

 

”また明日な! ”と帰り道で大きく手を振って別れていた、あの頃。


”明日 ”と言いながらも何度も何度も名残惜しげに振り返り、夕陽に翳る

互いに向かっていつまでも手を振り合ったオレンジ色の放課後の景色が甦る。

 

 

もう ”明日 ”は無い。

 

 

今別れたら、次はいつ逢えるのか、次逢うときはどんな状況になっているのか

怖くて哀しくて寂しくて、本当はそんな挨拶などしたくない。

 

 

 

 

  ”今はただ、保留なだけ・・・ 意味、わかるね??”

 

 

母ミヨコからしつこいくらいに念押しされた ”シオリの婚約話 ”


シオリはコウと結婚する。 今はまだしていなくても、この先必ず結婚する。

自分以外の人と結婚して、医者を続けながら幸せに生きてゆくのだ。

これ以上追い掛けたってどうにもならない、シオリの迷惑にしかならない。

 

 

 

 

  (ホヅミさんの顔が見れただけで、もう充分だ・・・。)

 

 

 

 

ショウタが震える喉でその一言を返した。 


『・・・ぅん。 じゃあ・・・。』 小さく手を上げ、シオリへ背を向けた。

 

 

シオリに顔が見えなくなった途端、ショウタはぎゅっと目をつぶり唇を噛み

締めた。 肩が震え、一気に込み上げ頬を伝う熱を帯びた涙がとめどない。

それをシオリに悟られぬよう、迷惑にならぬよう、その大きな背中はただただ

必死だった。

 

 

背を向けたまま、中々踏み出せないその一歩。


ただ片足を前に出すだけなはずなのに苦しくて苦しくて1ミリだって動かない。

脳が出す信号に、ギリギリのところで感情がそれを抗う。

 

 

 

 

  (いいのか・・・?


   このまま・・・ ほんとに、離れていいのか・・・。)

 

 

 

 

その時、シオリの言葉が胸の中に雷鳴のように哀しく響き渡った。

今まで生きていてはじめて感じたあの日の絶望を呼び起こす、それ。

 

 

 

 

  ”もう、ほんとに・・・ 迷惑だからやめてほしいのっ!!!”

 

 

 

 

ショウタは俯いていた顔を上げると、大きくひとつ深呼吸をした。

 

そして頬を伝う涙の雫を大きな手の甲で乱暴に拭うと、アスファルトを大きく

蹴って歩みはじめる。 シオリに向けた背は、早足に通り向こうへと消えた。

 

 

 

 

シオリは遠ざかってゆくその大きな背中を見つめ続けていた。

 

どんどん小さくなってゆく、誰より愛しいその背中。 どんな雑踏の中でも

見付けられる、誰より不器用でやさしくてあたたかいその背中。

 

 

次に逢う約束などなにもせず、至極当たり前に毎日一緒にいたあの頃を想う。


 

”またね ”と言いたい。

”また明日ね ”と叫びたい。

 

 

 

  ”明日 ”など、もうふたりには無いのに・・・

 

 

 

 

  (ヤスムラ君・・・

 

   お願い・・・ 行かないで・・・ 


   ・・・次はいつ逢えるか、分からないのに・・・。)

 

 

 

 

その場から一歩も動けなくなったシオリが、崩れる様にしゃがみ込んで両手で

顔を覆った。 しゃくり上げ泣きじゃくり、ガクガクと震える肩。

 

 

その時、涙をこらえ哀しく顔を歪ませたショウタのスニーカーが立ち止まる。


そして、もう一度だけ振り返った。

その目は今でも誰より恋しく想うシオリを求め、人波の中を必死に彷徨う。

 

 

 

しかし、その姿を見付けることは出来なかった。

 

 

 

道路の真ん中でしゃがみ込み泣きじゃくる震える背中はあまりに小さすぎて

心許なすぎて、せわしなく行き過ぎる通行人の波に呆気なく掻き消された。

 

 

嗚咽を堪え息苦しそうな胸元から、今日も哀しいほど輝く青い石のベビー

リングが揺れていた。

 

 

 


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