■第47話 苦しい沈黙
『今日、休み・・・?』
ショウタはそっとシオリを覗き込むように見つめた。
まるで手なんか繋いでいない様に、いまだ握り続けている事に気付いていない
様に、どうしても離したくないそれを、やさしくやわらかくそのままに。
『・・・うん。ヤスムラ君は・・・?』 物寂しげな目を上げてシオリが返す。
潤んだその目は、あの頃と同じ大きくて澄んでいて長いまつ毛が瞬きに合わせ
揺れる。
”ヤスムラ君 ”とただ名前を呼ばれただけなのに、ショウタは一気に込み上げ
胸を熱くするその愛しい声に、心臓が壊れそうだった。
シオリの薄くて形のいい唇から小さく発せられたそれ。 自分の名前とは思え
ないくらい、それは激しく熱く津波のように押し寄せ耳の中で繰り返し響く。
シオリが呼んでくれるその名前の響きが懐かしくて嬉しくて、そして切ない。
深く胸で息をして、ショウタがぎこちなく微笑みを作る。
『ぁ、ちょっとこれから待合せで。 店、抜けて来たんだ・・・。』
”待合せ ”という単語が耳に響き、目を見開きハっとしてシオリが再び
哀しげに俯く。 繋いだ手を慌てて離した。
(・・・セリザワさんと、かな・・・。)
ショウタのこのぬくもりを繋ぎとめてはいけないのだと、この時痛いほど
感じていたシオリ。
分かってはいたつもりなのに、実際その手に触れてしまったら離したくないと
心は叫び脳からの信号など無視して握り返してしまっていた。
もうそんな権利は自分にはないのだ。
繋ぎ返してはいけなかったのに。
そっと顔を伏せた瞬間、耳に掛けていた肩までの黒髪がサラリと揺れた。
陽の光に照らされて、今も変わらずに美しいそれが目映く光り反射する。
思わずショウタは手を伸ばし、相変わらずツヤツヤの毛先に触れた。
あの頃は背中まであった長い黒髪は、今は肩の長さで揃えられ流れる水の様に
美しくたゆたっている。
『切ったんだな、髪・・・
・・・すげぇ、似合うね・・・。』
そうは言ったものの、ショウタの中のシオリはいまだに黒髪ロングヘアの
ままで変わってしまったそれに、本音を言えば寂しさを隠しきれない。
指先でつまんだ艶めく毛先に、ショウタは物哀しげにそっと目を落とした。
そっと触れられたそのショウタの指の感触に、シオリは泣き出しそうにコクリ
頷く。 髪の毛に触れられただけなのに、その熱はダイレクトに心臓に届く。
シオリも、あの頃よりガッチリしてたくましくなったショウタにどこか自分が
知らぬ間に変わってしまっているそれが悔しくて歯がゆい。
『・・・お父さんもお母さんも、元気・・・?』 暫く二の句を継げずにいた
シオリがそっとショウタを潤んだ目で見上げる。
すると、 『元気元気! 母ちゃんとか、更にパワーアップしてる!』
ショウタは小さく微笑んだ。
その笑顔は、やさしいショウタ父にそっくりで、その口調は豪快なショウタ母に
そっくりだった。
(会いたいな・・・
おじさんもおばさんも、私のこと覚えてるかな・・・
・・・もう、とっくに・・・忘れちゃったかな・・・。)
シオリが、そっと泣き出しそうに目を伏せた。
そして、ひとつ息をつくと安らかな表情を向け、ほんの少し口許を緩ませた。
『ウチのお兄ちゃんね・・・ 意識が戻ったの・・・
・・・今、元気にリハビリしてる・・・。』
ユズルが ”一生車イス ”という部分は言わなかった。
せっかくショウタに再会出来たのに、ほんの少しだとしても影を落としたく
ない。 ショウタに哀しい顔はさせたくなかった、笑っていてほしかった。
ショウタは母ミヨコからシオリの現状は聞いていた為、知っていたそれ。
敢えて ”ユズルの真実 ”を告げないシオリに気付いていた。 しかしそれでも
心から安堵するその表情を見ていたら、ショウタは一気に涙が込み上げた。
シオリ本人に言いたくて言いたくて仕方なかった一言を、やっと伝えられる。
『良かったな・・・
ほんと、命が助かっただけでもすごいのに、
意識もちゃんと戻って、元気にリハビリしてるなんて、
奇跡が起こったみたいだな・・・
ほんと、ほんっと・・・ 良かった・・・ 良かったぁ・・・。』
目に涙を浮かべ、心から安心した顔をして喜ぶショウタ。
シオリはそのやさしすぎる顔を見ていられなくて、思わず目を逸らす。
(ヤスムラ君・・・・・・・。)
その後はふたり、言葉を紡ぐことが出来ず苦しい沈黙が続いた。




