■第46話 再会
互いの姿に気付き、青信号に変わったというのに一歩も動けずにいるふたり。
呼吸すら忘れた様に一切の動きを止め、道路向こうのその姿を見つめる。
猛スピードで脈打つ心拍数の打音が、耳の辺りでうるさいくらいに鳴り響く。
どのくらい、そこで佇んでいただろう。
ふたり以外、世界は通常どおりに動いている。
ふたりだけ、そこに立ち止まったまま息も出来ず瞬きも出来ず一歩も動けず。
青信号なのに渡ろうとしない互いの横を、邪魔くさそうに通行人が避けて先へ
進む。 混雑したそこで無駄に立ち止まっている姿に、急いでいる通行人の肩が
ぶつかり苛立ちの舌打ちが小さく聴こえ、慌ててペコリと会釈する。
ショウタは、ゆっくりゆっくり震える足を踏みだした。
心臓が尋常じゃないくらい早く強く打ち付け、息苦しい。
シオリも目を見張り、急激に胸にこみ上げる熱く苦しいものを必死に堪えて、
一歩ずつ進む。
両側の道路から互いに向かって歩みを進めたふたりは、横断歩道の真ん中で
立ち止まった。 そして再びなにも言えずに、ただまっすぐ見つめ合う。
互いのその目には、互いしか映っていない。
しかしその顔は、嬉しさよりもずっと哀しいものが色濃かった。
逢いたくて逢いたくて、でも運命の悪戯に邪魔されてあれから一度も逢えずに
いたふたり。 何度泣いたことだろう、何度声を聞きたくてケータイを掴んだ
ことだろう、何度ぬくもりを確かめたくて眠れない夜を過ごしただろう。
話したいことは溢れるほどあるのに、中々言葉を発せられずにただただ泣きそう
な顔をして見つめ合う。
どのくらい立ち竦んだままでいただろう。
ショウタが意を決して、小さく小さくぽつり呟いた。
『・・・久しぶり。』
シオリの耳に響いた、大好きなやわらかいその声。
明らかに震えて落ちたその一言に、慌ててショウタはひとつ咳払いをする。
シオリは、哀しげに微笑むショウタの顔から慌てて目を逸らし俯く。
一度涙が毀れたら止まらなくなりそうだった。 胸が痛くて苦しくてまるで
水中で溺れているみたいで、まともに息が出来ない。
『ぅん・・・ 久しぶり。』 小さく涙声でシオリが返した瞬間、横断歩道の
信号が赤に変わる直前のせわしない鳴き交わし音が響き出した。 信号は点滅を
はじめ、左折しようと交差点に進入していた車が中々横断歩道を渡ろうとしない
ふたりに小さくクラクションを鳴らす。
気忙しく小走りで通行人が進むそこを、ショウタも咄嗟にシオリの手を掴み
慌てて向かいの道路へ渡った。
無意識で掴んだシオリの手。
久々に触れたそれ。
相変わらず華奢でひんやり冷たいその指先。
道路を渡ると、横断歩道の信号は再び煌々と赤色を呈する。
もう走行する車の邪魔にならない安全な歩道に移動したのに、ショウタは掴んだ
その手を離せずにいた。
シオリも掴まれたその手を、確かな意思を込めしっかり握り返していた。
あの頃は、当たり前にいつも繋いでいたその手と手。
すべてが当たり前だった。 隣にいて当たり前で、手を触れて当たり前で、
言葉を交わして当たり前で。
しかし、今そっと手を繋ぎ合うふたりには、この温度が怖くて仕方なかった。
再び離さなければいけない、この温度。
思い出さない方が楽だった、この温度。
ふとショウタがシオリのそれに気付く。
握ったその手は左手だった。 その指には、硬く冷たい環の感覚はない。
(まだ・・・ 婚約、してないんだな・・・。)
思わず掴んだこの手に更に力を入れて、ぐっと引き寄せこのままシオリを
抱き締めたくなる気持ちが溢れる。
このままどこか誰も知らない遠くへ連れ去りたい、奪い去ってしまいたい。
シオリもまた、ショウタの胸に飛び込みたい衝動をギリギリのところで
抑えて繋がれたその手に潤んだ目を落とす。
(このまま、離さないで・・・
・・・ヤスムラ君と、手・・・ 繋いでたいよ・・・。)
互いに溢れる想いを必死に隠し、再び泣き出しそうな顔で見つめ合った。
切なく震える胸をなんとか鎮め、大きく肩で息をした。




