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■第42話 希望

 

 

 

ユズルはレイとの結婚を決意した後すぐ、病室を飛び出して院長室がある

3階へ向かっていた。 

 

 

『ぇ、もう? 今、すぐ行くの??』 背中でレイの可笑しそうにケラケラ

笑う声が聴こえ、まるでそれに後押しされる様に少し乱暴に引き戸を開け、

廊下へ出た。

 

 

電動車イスのレバーを握る手は緊張で少し汗ばんでいたが、その頬はやっと

見つけた輝かしい ”未来 ”へ向け、高揚しほんのり赤らんでいた。


突然、赤い顔をして興奮気味にやって来たユズルに、父ソウイチロウは何事か

と不安気に眉根をひそめる。 車イスになってから、ユズルが院長室にやって

来た事など今まで一度だって無かったのだから。 

 

 

『ユズル・・・ どうした・・・?』 高級な革張りの院長椅子から身を乗り

出しどこか怖々と発したソウイチロウ。

 

 

すると、ユズルは院長席の真ん前に車イスをつけ、一度背を正して座り直し

まっすぐソウイチロウへ向けて顔を上げた。

 

 

 

 『父さん・・・


  ぁ、いや。 院長・・・

 

 

  僕に・・・


  ・・・復帰プログラムを受けさせてくれませんか・・・?』

 

 

 

ユズルは、この動かない脚のままもう一度医師に復帰したいという事を必死に

父であり院長であるソウイチロウに懇願する。

 

レイが毎夜時間を掛けて調べてくれた車イスの医師の件を、唯一動く上半身を

乗り出さんばかりの勢いで大きく身振り手振りを付け、真剣に、懸命に。

 

 

 

 『僕は、脚はもうまったく動かないけど


  その代わり、幸か不幸か上半身には然程問題はない・・・


  手術室には立てなくても、診察室で患者に向き合うことは出来る。

 

 

  僕は、やっぱり医者でいたいし、医者しか出来ない・・・


  何年掛かっても、どれだけ苦労したっていいから、医者に復帰する・・・

 

 

  父さん・・・ 


  僕がこの病院を守っていってみせるから、だから・・・


  ・・・僕を信じて、任せてもらえませんか・・・?』

 

 

 

思いもよらないユズルのまっすぐな熱いその思いを耳に、父ソウイチロウは

目を見張りそっと俯きかぶりを振る。 ぎゅっと口をつぐみ、わずかに震える

指先で摘むように目頭を押さえた。

 

 

ユズルの意識が戻ってから、寝る間も惜しんで下半身不随の症例を調べて

いた父。 同じ医師であるソウイチロウ自身、それがどうにもならない事は

分かっていたけれどどうしてもユズルに希望を与えたくて、どうしても親と

してなんとかしてあげたくて必死に策を探していたのだ。

 

 

ソウイチロウ自身、ユズルの医師への復帰は考えなかった訳ではなかった。


しかし、それを切り出す事で更にユズルが傷付かないか、逆に追い込む事に

なるのではないかと、復帰が一番の得策とは思えず触れずにいたのだった。

 

 

『お前、ひとりで考えて決めたのか・・・?』 ソウイチロウのどこか涙を

堪えるような喉に力が入ったその声色に、ユズルは小さく笑う。

 

 

そして、やわらかいあの頃の ”ユズル先生 ”の声色で言った。

 

 

 

 『あと、もうひとつ。


  ・・・父さんに、許可を貰いたい事があるんだ・・・。』

 

 

 

陽だまりのように微笑むユズルに、レイの愉しそうに笑う顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

ユズルはレイに永久期限の ”肩もみ権利券 ”を渡したあと、レイの名前を

書き込もうとして、いまだ苗字を知らない事に気が付いた。


『あのさ・・・ 今更なんだけど・・・。』 なんだか笑いが込み上げ肩を

震わせながらそれを訊ねたユズルに、レイはカバンから身分証を取り出して

見せた。 ユズルの顔の真ん前にまるで印籠の様にどうだと言わんばかりに

突き出されたそれを見て、目を見開き驚くユズル。

 

 

 

  ”身分証明書  ○○大学病院 理学療法士  ソノダ レイ ”

 

 

 

『理学・・・療法、士・・・?』 ユズルはせわしなく瞬きを繰り返し、

少し乱暴にどこか慌ててレイの手から身分証を奪って見つめる。


それは隣街の大学病院が発行している職員身分証で、レイはその病院で理学

療法士として働いていたのだ。

 

 

 

 『・・・き、き聞いて、ないよ・・・。』

 

 

 

いまだ身分証をまじまじと凝視しているユズルが驚き過ぎてどもりながら呟くと

『訊かれてないし。』 至極呆気らかんと返し、悪びれずに笑うレイ。


わざとではないと分かっていてもどうしても騙し討ちの様に感じ、ユズルは

こんな大事なことを聞かされていなかった事にどこか不満気に口を尖らせる。

 

 

 

 『最初からゆってくれれば・・・


  僕のリハビリだって、レイさんに頼んだのにさぁ・・・。』

 

 

 

脚が動いたとしたら石ころでもコツンと蹴り飛ばしたい気分の、拗ねたユズル。


レイが療法士として、常に常に朝も、昼も、夕暮れも、傍にいてくれたならと

沸き起こる完璧な理想風景に遠く目を細めた。

 

 

 

 『私はここにお祖母ちゃんの見舞として来てただけでしょ~!』

 

 

 

レイのその呆れたような一言に、”そりゃ、そうだけど ”と内心思いつつも

まだ諦めきれず、その刹那、ユズルの脳裏はなにか小さな違和感を覚えていた。

 

 

 

  (なら、どうして・・・


   ・・・タキさんは、わざわざウチの病院まで・・・。)

 

 

 

 

レイはケラケラといつまでも愉しそうに笑っていた。


いつ ”この事 ”を打ち明けようか実は結構考えていた。

これを言ったらユズルがする反応は目に見えていたし拗ねるのも分かっていた。

それを申し訳なく思う反面、そのこどもっぽく足掻く姿を見たかったというのが

レイの本音で。 肩をすくめて、愛おしそうにそのふくれっ面を見つめる。

 

 

すると、もう一度身分証を見つめるユズルの目に、互いに今まで知らずにいた

年齢が映る。 実はふたり、同い年だった。

 

 

『同い年じゃん!!! ゼッタイ、僕より少し年上だと思ってた・・・。』 

身分証とレイに交互にせわしなく目線を遣るユズルに、

 

 

 

 『そうなのっ??


  私もゼッッッタイ、甘ったれなホヅミ君は年下だと思ってた!』 

 

 

 

レイは尚も眩しそうに目を細め、ケラケラ笑い続ける。

 

 

『 ”甘ったれ ”はヨケーだろっ!!』 口を尖らせつつも、その顔はどんどん

幸せそうに綻んでゆくユズル。

 

 

そしてふたり、上機嫌に頬筋を上げて言った。

 

 

 

 『同い年だから、もう ”君 ”も ”さん ”も、要らないね?』

 

 

 

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