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■第41話 ちゃんと、自分で


 

 

ユズルの病室のドアを2回ノックし、静かに引き戸を開けたシオリの目に

飛び込んで来たのは、痩せたショートカットの女性の姿だった。

 

 

ベッドに腰かけて少し前傾し、その細くて長いデニムの脚をこどもの様に

ブラブラと揺らし鼻歌まじりで、なんだか上機嫌な様子。

 

 

 

 『え・・・? 


  ・・・あなたが、お兄ちゃんの・・・??』 

 

 

 

シオリは目を見張って言葉を失くす。


ユズルの ”想う人 ”がどんな女性なのか勿論興味があった。 学生時代など

オープンに彼女を家に連れて来るタイプだったユズルだが、シオリの覚えている

限りそのどのタイプの女性とも違う様な気がする。 今までのタイプとは全く。

 

 

それは、以前シオリが病院前でしゃがみ込み泣き出した時にハンカチを差し

出してくれた、どこか少年のような彼女だったのだ。

 

 

『ぁ、あの・・・ 妹のシオリ、です・・・。』 暫し穴が開くほど凝視して

しまってから慌ててそう自己紹介したシオリに、 『すっごい偶然ねっ!!』 

レイも名乗り返して、愉しそうにケラケラ笑う。 


ベッドからぴょこんと飛び跳ね降りて立ちあがると、やはり痩せて背が高く

デニムの脚が細くて長いが、まるでそれはモデルのようなそれではなく、

なんだかヒョロヒョロに痩せた小学生のようだった。

 

 

シオリは母マチコからレイの噂は聞いていたし、レイは妹の話をユズルから

聞いていた。

 

 

ここ最近の兄ユズルのどこか落ち着きない背中の理由が、この太陽のように

眩しく笑うレイのせいなのだと、シオリは嬉しくて照れくさくて緩んでゆく頬を

どうすることも出来ない。

 

どうしてもニヤけてしまう白くてツヤツヤの頬に力を入れ、

『あれ? ところで、お兄ちゃんは・・・?』 病室内を見渡したシオリに、

レイは肩をすくめ上機嫌に笑いながら人差し指を伸ばして上方3階をツンツンと

差した。

 

 

 『ちょっと・・・ ”所用 ”で。』

 

 

 

 

なにか話し掛けようかと思いつつも、兄との事を不躾に訊いていいものか、

他は何を話せばいいのか言いよどんでいたシオリを、レイは目を逸らさず

まっすぐ見つめ小首を傾げて微笑みかける。

 

 

 

 『ねぇ・・・ 好きな人、いるでしょ??』

 

 

 

その目は、シオリの胸元にチラリと覗いたネックレスの華奢なシルバーチェーン

にやさしく目を細めて。

 

なんだか、なにもかも見透かされている様なそのまっすぐな視線に戸惑う。

 

 

シオリははじめてレイに会ったあの日、ネックレスのベビーリングを握り締めて

泣いてしまった事を思い出し、バツが悪そうにそれを隠すようにシャツの胸元を

ぎゅっと掴む。

 

 

すると瞬時に俯き、そして抑揚ない声色で言った。

 

 

 

 『婚約者は・・・


  ・・・・・・います・・・。』

 

 

 

その諦めたような覇気のない横顔に、レイは可笑しそうに笑い出した。

 

 

 

 『 ”好きな人 ”は、イコール ”婚約者 ”じゃないんだぁ~??』

 

 

 

その時、病室のドアが小さくノックされ静かにスライドして開かれた。

 

 

 

 『ユズルく~ん・・・ シオリ、いる・・・?』

 

 

 

今日も完璧な出で立ちの白衣姿のコウが顔を覗かせる。 コウの背後に今日も

ファンの様に熱い視線を送る患者や見舞客の黄色い声が小さく聴こえた。


コウはそこにいると思っていなかったレイの姿に一瞬驚いた顔を向け、

取り敢えず小さく目線だけで会釈すると、シオリへ言った。

 

 

 

 『今夜、早く終わりそうなんだ。 食事でも行こうよ。』

 

 

 

すると、すぐさまシオリは顔を背け素っ気なく返す。『今夜はちょっと・・・』

 

 

『・・・あっそ。』 コウは、まるで最初から答えは分かっていたみたいに

小さくバカにする様な色を込めて肩をすくめると、アッサリと引き戸を閉めて

スっと伸びた美しい背を翻し去って行った。

 

 

病室内になんとなく気まずい空気が流れ、シオリが強張る頬で目を逸らす。

俯いて手持ち無沙汰に指先を絡めたり、ほどいたりを繰り返す。


するとレイが小さく笑った。 その笑声は決してバカにしているそれではなく、

どこか寂しそうな色を落として。

 

 

 

 『今のイケメンドクターが ”婚約者 ”なんだね・・・。』

 

 

 

そしてその返事も待たずにレイはやわらかい表情を作りシオリを見つめ呟いた。

 

 

 

 『私ね・・・ まどろっこしいのキライなのよ、基本的に。』

 

 

 

突然レイから言われたその言葉の意味が分からずシオリはまっすぐ見つめ返す。


するとレイはシオリの真正面に立つ。 シオリより背が高いレイは少し背を屈め

その居場所無げな美しい顔を覗き込むようにして言った。

 

 

 

 『親の言う通り、頑張って頑張って医者になったんでしょ~?


  ストレートで医大入って、それでちゃんと医者になって・・・


  それって並大抵の努力で出来るもんじゃないよ・・・

 

 

  な~ぁんで全部言うとおりに受け入れちゃうの~?


  親の一番の願いは ”医者 ”でしょ?

 

 

  それ、ちゃんと叶えたんだから、結婚ぐらいはさぁ~・・・


  自分の好きにするって、勝手にするって言い切ればいいじゃんっ!』

 

 

 

ユズルから軽くシオリの話を聞いていたレイは、先程の ”婚約者 ”との

明らかに微妙な空気感を目に、胸に痞えたモヤモヤを目の前の本人にいとも

簡単に告げる。

 

   

シオリは唇をぎゅっと噛み締め、今にも泣き出しそうな瞳でレイを見つめた。

 

 

誰にも話してこなかった、皆が分かっていて触れずに避けてきた ”その件 ”を

急に切り出され、あの、初めてレイにハンカチを差し出された時も、洗いざらい

本音をぶちまけたくなって寸でのところで堪えた事を思い出していた。

 

 

シオリの胸に一気に切なく熱いものが込み上げ、溺れそうに苦しくなる。


今まで誰にも言えずにいた、必死に隠してきた本当の気持ちを小さく小さく

呟いた。

 

 

 

 『もう・・・ 遅いの・・・

 

   

  私は・・・ いまだに、彼を好きなまま・・・


  ・・・忘れられずにいる、けど・・・

 

 

  でも。 彼は、もう・・・ ちゃんと、別の・・・


  ・・・ちゃんと付き合ってる人が、いるみたい、だ、から・・・。』

 

 

 

遂にこぼれ落ちた涙でシオリのツヤツヤの頬が濡れてゆく。


頬のカーブに合わせ流れるその哀しい雫は、長年堰き止めてきたものが決壊

したかのように次から次へと顎に伝って、磨き上げられた病室の床に零れた。


両手で顔を覆いうな垂れたシオリの胸元から、青い石のベビーリングが表れ

揺れる。

 

 

 

 

  ( ”いるみたいだから ”、って・・・。)

 

 

 

 

 『ねぇ・・・ それ、ってさ・・・


  ちゃんと ”自分で ”確かめたの??


  ヒトからの情報だったら、そんなの私なら信用しないな。

 

 

  ちゃんと自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の心で確かめなさい。』

 

 

 

そう言うと、レイは長い指先でペンダントヘッドをチョンとつついて微笑んだ。


そして呆気らかんと言ってのけた。

 

 

 

 『ちなみに。


  ・・・私たち、ケッコンすることにしたよ。』

 

 

 

シオリが目を見張り、『えええ??』 涙が伝い続ける頬をガバっと上げた。

 

 



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