■第40話 空欄の有効期限
『ぇえ・・・?』 耳に聴こえたそれに、涙に詰まって声が出せないでいた
ユズルもさすがに声を発した。 あまりの驚きに声が変に裏返って響く。
『ケッコンしようよ、って言ったの。』
『で、でも・・・。』 突然の、衝撃すら憶える一言に目を白黒させ今現在何が
起こっているのか、まったく頭が追い付かず把握できないユズル。
あんなにも悩み苦しんだ ”言いたくて言えなかったその一言 ”がいとも簡単に
レイの口からなんの予告も無くアッサリ飛び出した。
すると、愉しそうにレイは尚も続ける。
その顔はまるで明日の天気の話でもするかのように、呆気らかんと飄々として。
『これでも結構考えたのよ~・・・
でも、いっくら考えてもね
ホヅミ君がいない毎日は愉しくないって思ったの。
ふたりでいると、なんてゆーか・・・ 強くなれる様な気がしない?
怖いものなんか無い、ってゆーか・・・
だからケッコンしよう?
ホヅミ君も私と一緒にいたいでしょ? いたいよね?? ねっ??』
思い切り戸惑いまくってパチパチとせわしなく瞬きを繰り返し、口はぽかんと
半開きになっていたユズルが、やっとまともに口を開く。
顔も耳も真っ赤に染まり、その声は自信なげにか細く震えて落ちた。
『で、でも・・・
僕は・・・ 一生、迷惑かけるよ・・・
・・・レイさんに、 迷惑しか、かけないよ・・・。』
そう呟きながら俯き、涙で滲む目で自分の脚を見つめた。
一気に込み上げる切ない胸の内が透明な雫となり、やせ細った入院着の脚に
ポトポト落ちてはその跡を付ける。
『面倒かけないお利口なロボットなんか要らないよ・・・
ってゆーか、大なり小なり人間はみんな、ひとに迷惑かけるでしょ。
ふたり足して、5にも10にもなるのが ”幸せ ”な訳じゃないと思うの。
だって不完全な者同士だもん、
足して1になれば、それで御の字だと思わない?
足して1になる相手が、”ほんと ”の相手なのかも・・・
それに、なにより私はホヅミ君が好きだもん。
それ以上も以下もないでしょ?
必要なのは好きかどうか。
一緒に寄り添って生きたいと思うかどうかじゃない? 』
再び、暫く声を出せずに俯いていたユズル。
握り締めた拳が力が入り過ぎて脚の上でブルブルと震える。 再びメガネを
はずすとそのレンズには切なげな雫がいく粒も落ちてそれを濡らしていた。
短く鼻をすする音が、ユズルの痛い程の胸の高鳴りが、静かな病室に響き渡る。
『・・・ありがとう・・・・・・・・・・。』
ユズルが顔をクシャクシャに歪めて泣いた。
こんな脚になった事を恨み呪うことしかなかったはずが、この瞬間はじめて
神様に感謝をした。
即死してもおかしくない状況で生かされた自分を、レイと出逢えたことを、
神様に心の底から感謝した。
ユズルがそっと入院着のポケットに手を入れて、それを掴み静かに取り出す。
『昨日の夜、あの後に・・・作ったんだ・・・。』 そうレイに差し出した手に
紙で出来た手作りの ”肩もみ券 ”が小さく震える。
少しぎこちないそのサインペンの文字。 本来のユズルという人間がよく表れた
几帳面で丁寧な文字と線、懸命にはさみでまっすぐカットしたであろうそれ。
レイが嬉しそうに微笑んでそれを掴み、目の高さに上げてまっすぐ見つめた。
『ってゆうか・・・
私が揉むんだから、”肩もみ権利券 ”じゃない・・・?』
『ぁ、そっか・・・。』 涙でぐっしょりの顔で、レイに言われてたった今
それに気付いたユズルが照れくさそうに笑う。
『それに、コレ・・・。』 レイが指先で ”それ ”を指した。
『 ”有効期限 ”が空欄のままじゃない?』
完成間際で有効期限を書き加える事が出来ずに、ペンを置いた昨夜を思い出す。
”レイさんは・・・
・・・僕と、 いつまで・・・・・・・・。”
哀しげに寂しげに濃く滲ませた不安の色は、もうその目には無い。
まっすぐ、ふたりの輝かしい未来だけ見つめる、ユズルのその目。
すると、ユズルは応接テーブルの隅に置きっ放しにしていたペンを掴むと、
空欄の ” 年 月 日まで有効 ”という箇所を二重線で消した。
そして、ユズルの手によりゆっくり、しかし確かなペン先で堂々と書き込まれた
期限に、レイが嬉しそうに上機嫌に口角を上げた。
”永 久 ”




