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■第38話 検索ワード


 

 

正面玄関前でレイと別れ病室があるフロアに戻ったユズルは、自分の病室ドアの

取っ手に手を伸ばし指先を掛け、その瞬間止まった。

 

 

クルリと回れ右すると、再びレバーを倒して車イスを走らせる。


もう入院患者たちは大人しく自室にこもっている時間で、廊下は昼間のそれとは

違い静かなものだった。 ユズルの車イスは煌々と蛍光灯が明るく照らす看護師

詰所へ向かっていた。

 

 

『どうしました~? ユズル先生』 詰所の出入口で車イスを止めたユズルに、

ひとりの看護師が声を掛けた。

 

 

 

 『紙とペンと・・・ あと、ハサミ貸してくれない・・・?』

 

 

 

ユズルは膝の上に看護師から借りた文房具一式を乗せると、嬉しそうに大急ぎで

自分の病室に戻って行った。 そして広い一人部屋の、見舞客がいつも座る応接

セットのテーブルに文房具を広げる。 ユズルに合わせ特別に部屋に入れたその

テーブルはそのまま車イスに座った状態で丁度良い高さだった。

 

 

まるで画用紙に思いのまま色鉛筆を走らせる小さなこどもの様に、ユズルは少し

前傾し背を丸めてペンを握り懸命にそれを書いた。 ちゃんと文字を書くなんて

久しぶりで少し手が震える。 それでも丁寧に丁寧に一文字ずつ書いた。


途中、看護師が消灯時間だと釘を刺しに来たが、今日だけはと手を合わせて頼み

込みこっそり内緒でユズルの病室だけ深夜遅くまで照明が煌々とついていた。

 

 

完成まであと少しというところで、ユズルの手がピタリと止まる。


” 年 月 日まで有効 ”と書き込んだそれに、最後、日付を入れる直前で。

有効期限を書き加える直前で、ユズルは静かにペンをテーブルに置いた。

 

 

哀しげに寂しげに目を伏せ、不安の色を濃く滲ませて小さく呟いた。

 

 

 

 『レイさんは・・・ 


  ・・・僕と、 いつまで・・・・・・・・。』

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。


約束通りレイは病院にやって来た。

仕事が休みだった為、朝から祖母タキの退院手続きに付き添い、そして先に

タキを自宅まで送り届けると、再びユズルを訪ねて来ていた。

 

 

病室フロアまでやって来るのを待ちきれなくて、1階正面玄関の自動ドア前で

待つユズル。 ぎりぎりガラス戸に近付いて手を付き、愛しいその姿を探す。


すると、表通り向こうから見えたその姿は、ヒョロ長い足を蹴り出し走って

こちらに向かっていた。 頬を染めて懸命に走りユズルの元へ向かっていた。

 

 

 

 

  (来た・・・・・・・。)

 

 

 

 

嬉しそうに目を細めるユズルの手の平の熱が一気に上がり、ガラスが切なく

曇った。

 

 

いつもは夕暮れの時間帯にしか逢うことがなかったレイが、今日はまだ陽も

明るい午後の昼下がりに病院にいる。 それだけでユズルの心は色とりどりの

スーパーボールの様に跳ね踊った。

 

思わず潤んだ目でじっとレイの顔を見つめてしまい、レイはキョトンとして

見つめ返し、そして可笑しそうにその痩せた体を屈めてケラケラ小気味よい

声色で笑った。

 

 

普段はふたり、ひと気のない待合室で話していたが今日はユズルの病室に

行きたいと言い出したレイ。


よく分からないままユズルはそれに頷き、ふたりは病室へ向けて廊下を進む。

車イスの電動音とスニーカーのゴム底音が交わり、廊下にやさしいメロディを

奏でる。 ユズルの車イスが進むスピードは、少しせっかちなレイが歩くそれと

同じだった。

 

 

『はじめて入るねぇ~。』 なんだか愉しそうにレイは室内を見渡して、

にこやかに口角を上げる。 わざとからかう様にベッドの布団をめくったり

して、クスクスと上機嫌に笑っている。

 

ユズルは、まるではじめて女の子を自宅に招いた時の様な気分で、照れくさ

そうに勝手に緩んでゆく頬を隠すのに必死だった。

 

 

『ここ、借りていい?』 レイは片手に持っていたカバンを応接セットの

テーブルに置くとソファーに浅く腰掛ける。 

ユズルもその隣に車イスをつけた。

 

 

レイが少し重そうなカバンのチャックをジジジと開け中からそれを取り出した。


それはノートパソコン。 

病室の壁の差込口にコンセントを差すと、電源スイッチを指先で押してパソコン

を立ち上げる。 立ち上げメロディーが結構なボリュームで鳴り響きレイは

慌てて音量スイッチを押しミュートにした。

 

 

ユズルはじっとそれを見ていた。

今から何が行われるのか、何を見せようとしているのか全く見当もつかない。

 

 

すると、レイは細い指先でくるくるとタッチパッドを触りクリックした。

保存しているブックマークからとあるページを開く。


その顔は少し不安そうで。 しかし希望に満ちて、願いが届くように祈るような

それで。

 

 

ノートパソコンの画面を、そっとユズルの方へ差し向けるレイ。

 

 

 

 『これ・・・。』

 

 

 

その画面に表示されていたもの。


それは ”車イス 医者 ”で検索をかけ調べた、数々の現役車イス医師の

ページだった。

 

 

 


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