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■第37話 どのタイミングに戻れば


 

 

コウは自宅の自室でひとり、シオリが眠る病室でそっとその美しい寝顔を

見つめて立ち竦んだ日のことを思い返していた。

 

 

年代物のオーディオ機器から小さく流れるピアノインストゥルメンタル曲が

高級バルセロナチェアーに深く腰掛け、体ごと包み込まれるコウにやさしく

沁みわたる。

 

 

シオリがもう何年も過剰に無理をして疲れ切っているのは分かっていた。

その繊細な心も華奢な体も、もうクタクタだと。


コウはそんなシオリを癒したかった。 自分がやさしくシオリの全てを包み

込んであたたかく守りたいと、シオリを思い悩ます全ての厄介を排除したいと

思っていたけれど、コウの不器用で拙劣な愛情は決してシオリには届かない。

シオリはまるでコウから逃げるように顔を背けた。

 

 

騙し討ちのように婚約をしようとした事で増々シオリの不信感は募り、たまに

休憩室などでふたりきりになりそうになると、慌ててシオリは部屋から飛び出

して行った。


コウの目すら見なくなっていた。

”コウちゃん ”と呼ばれなくなって、もう何年経つのだろう。

 

 

ただ、シオリが好きだった。


完璧なシオリが自慢で、シオリの隣に似合う男になろうとそれだけ考えた。

ふたり白衣姿で病院に佇む姿をこどもの頃から想像していた。

みんなが羨む完璧なカップルになりたかった、ただそれだけだった。

 

 

 

 

 (たとえ今はまだ、


  青りんご君のことを忘れていなくても、いつかはきっと・・・)

 

 

 

 

ベッドの上の潔癖にも思える程のシミひとつない真っ新な布団から覗くシオリの

か細い手をそっと握った。

やさしくやさしく、壊れてしまわないようにやさしく。

ひんやり冷たいその手、細い指先、キレイに切り揃えられたツヤツヤの爪。


全てが完璧なシオリ。

シオリのそれを握る自分の手も完璧だった。

 

 

 

 『なんでこんなに、こじれちゃったんだろう・・・。』

 

 

 

コウが哀しそうに目を伏せシオリの傍らにしゃがみ込むと、両手で包み込んだ

その白い手を頬に当てた。 シオリのひんやりしたそれがコウの頬に冷たい。

 

 

 

 『どのタイミングに戻れば、


  シオリとの関係を元に戻せるんだろう・・・。』

 

 

 

その時、シオリのその折れてしまいそうな心許ない細い手に一瞬力が入りコウの

それを握り返す。 コウは顔を上げ、嬉しそうに握る指先に更に力を込めた。

 

 

 

 『シオリ・・・?』

 

 

 

愛しいその名を呼び掛けたコウに、それは小さく小さく囁かれた。

 

 

 

 

      『・・・ァ く、ん・・・・・・・。』

 

 

 

 

眠っているはずのその閉じた瞳から、哀しい透明な雫が静かに目尻を伝って

枕を濡らす。 わずかに震えるまぶた、長いまつ毛が濡れて揺れて。


コウはその確かに聴こえた、眠るシオリの一言に泣き出しそうな顔を向けた。

ぎゅっと口をつぐみ、その美しい顔を見る影ない程に歪めて。

 

 

シオリがいつも呼ぶのは、”お父さん ” ”お母さん ” ”お兄ちゃん ”

そして、”コウちゃん”

 

 

”君 ”と付けるのは、只一人だけだった。

 

 

 

 

  (・・・夢に見て、泣くほどシオリは・・・・・・・・・・。)

 

 

 

 

ショウタには敵わないかもしれないという思いが頭をかすめて、慌ててコウは

大きくかぶりを振る。 シオリへの想いは誰にも負けない自信はある。

こどもの頃からシオリを想い続けているのだ、年数ならショウタにも負けない。

 

 

 

  では何が足りないのか。

 

  ショウタに有って自分に無いものはなんなのか。

 

 

 

今日もシワひとつ無い清潔な白衣を身にまとい、髪の毛一本も乱れていない

完璧な容姿のコウが、そっと手を伸ばしてシオリの閉じた目に掛かる窮屈そうな

前髪をやさしく均した。 

 

 

 

シオリの前髪の奥にわずかに覗いていたハの字の困り眉が、再び隠れた。

 

 

 


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