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■第36話 そのもどかしい、じれったい数秒

 

 

泣き出しそうな顔でレイを見つめるユズル。


一番言いたくてでも言えない言葉に、口許が歯がゆく引き攣る。

 

 

 

 

  (言ったらどうなるのかな・・・


   ・・・やっぱり、レイさんを困らせるだけかな・・・。)

 

 

 

 

誰も通らない静かな薄暗い病院前の通り。


街灯の心許ない灯りだけ等間隔にぼんやりともり、そこに羽虫が集まって

小さく音を立てている。

 

 

 

  なんだか、この世にふたりだけの様な気になる。


  いっそ、ふたりだけならいいのに。

 

 

 

『なんて顔してんのよ・・・。』 レイが目を細めて微笑んだ、その時。

 

 

 

 『僕の脚、が・・・


  ・・・・・・・・・・・動い、たら、な・・・。』

 

 

 

それは、あまりに心細い声色で震えて落ちた。

 

 

はじめて言葉に出して言った、誰にも言えなかった心からのその願い。


弱音なんて吐けなくて吐きたくなくて、決して口にはしてこなかったそれ。

代わりに、一番言いたい言葉はぐっと飲み込んで鎮めた。

 

 

するとレイはやわらかく目を伏せ、口許を緩める。

 

 

 

 『ホヅミ君の脚が動いてたら、私たちは出逢ってないかもよ~・・・?』

 

 

 『でも・・・


  脚が、動けば・・・ 


  僕の脚が、動いたら・・・

 

  

  ・・・走って、そっちに・・・ 行けるのに・・・。』

 

 

 

それは涙声になって、レイの胸に響いた。


ユズルのツラさ、苦しさ、葛藤、すべてがその一言に集約されている気がして

まるで波紋のようにレイの心に繰り返し繰り返し反響する。

 

 

レイが静かに静かに深呼吸をすると、長いまつ毛が瞬きに合わせ上下した。

そして、溜息をひとつ落とすように囁いた。

 

 

 

 『私が走れるから、別にいいじゃない・・・。』

 

 

 

『でも・・・ でもさ・・・。』 今にも涙が零れそうに目を眇めるユズルを

抱きしめたい気持ちが溢れるレイ。 強く強く抱きすくめてユズルのツラさを

少しでも吸収してあげたい。 ”ダイジョウブ ”と言ってあげたい。


しかし目の前のガラス戸が呆気なくそれを阻む。

 

 

 

 

  (・・・こんな僕じゃ・・・ 迷惑になるだけだよな・・・。)

 

 

 

 

するとそれは小さくあたたかく、強張る顔を必死に隠すユズルの耳に響いた。

 

 

 

 『私ね・・・

 

 

  ホヅミ君が、車イスのストッパーをカチってはずして・・・


  レバーを前に倒して・・・ グィイーンて音が鳴って・・・


  まっすぐ私の方に向かって来てくれる時の、

 

 

  そのもどかしい、じれったい数秒がね・・・ 

 

 

  ・・・堪らなく、好きなんだ・・・。』

 

 

 

レイの口から出た思ってもいなかった一言に、ユズルは言葉を失う。


何気ない些細な日常の行動を、見てくれている人がいた。

ただの日常を、日々繰り返すなんてことない行動を、自分でも意識しない

それを見てくれている人がいた。 

 

 

 

  こんな自分を、見つめてくれている人が


  この世にひとり、いた

 

 

 

 

  (レイさん・・・ 僕は、レイさんと・・・・・・・・・。)

 

 

 

再度ガラス越しに手と手を合わせる、ふたり。

 

 

熱をもった視線が絡み合い、頬が耳が、あつくなる。

こんなガラス戸など突き破り、飛び越えて、直接その手に触れたいのに。

 

 

 

  直接、その震える体を抱きしめたいのに

 

 

 

ユズルの言いたくてでも決して言えない一言が、喉の奥で震えた。


ぎゅっと口をつぐみそれを堪え、自分の脚を憎々しく睨みつける。 その視線は

じわじわ込み上げる不甲斐ない自分への苛立ちに滲んで霞んだ。

 

 

すると、レイが微笑んだ。


まるで躊躇っていた自分をいなす様に小さくかぶりを振る。

ユズルに切り出そうかどうしようか数日間迷っていた ”それ ”を伝えるべき

だと決心していた。

 

 

 

 

  (ホヅミ君なら・・・ きっと、ダイジョウブ・・・。)

 

 

 

 

『明日、ちょっと見せたいものがあるから・・・。』 レイのその言葉に

ユズルが涙で滲んだ目を上げる。 

 

 

 

 『また明日・・・ 


  ・・・明日、また逢おうね・・・ 逢いに来るからね・・・。』

 

 

 

『・・・待ってる。』 ユズルはコクリと頷くと、もう一度ガラスに手の平を

強く強く押しあてた。

 

 

 

ふたりが重ね合っていたそのガラス面だけ、熱を持って曇っていた。

 

 

 


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