■第35話 ガラス一枚挟んで
『も・・・もしもし??』
すぐに掛かって来たその電話。
ケータイ画面に表示されたそれは知らない11桁の数字。
それはレイの電話番号は知っているけれど、レイは登録をしていない電話番号と
いう事を意味する訳で。 掛けて来た相手が誰か分からないはずもなく。
『なによ・・・ もう肩凝ったの~?』 レイが第一声、可笑しそうにケラケラ
笑う。 すぐに電話を掛けてきたユズルが愛しくて恋しくて堪らなくてその頬は
ほんのり桜色に赤らむ。
ユズルの真っ赤に染まる耳に当てたケータイ越しには、恋しいその人の上機嫌な
笑い声が響いてじんわり熱い。
なにも返事出来ずにただ呼吸の音のみ流れるそれに、レイは愛おしそうに目を
細め微笑んだ。
『さっきまで肩揉んでたのに~・・・。』
それでも尚、なにも言えずにいるユズル。
互い、愛しさと切なさが込み上げてどうしようもなくて、でもなんて言って
いいか分からない。
レイもそっと目を伏せて口をつぐんだ。
『やめてよねぇ~・・・ もう・・・
来た道、引き返して戻りたくなっちゃうじゃない・・・。』
すると、
『戻って来ればいいじゃん・・・。』 やっとユズルの喉から絞り出すように
声が出た。
『面会時間、8時迄でしょ~』
『僕が看護師長に言えばなんとでもなるよっ!!』
矢継ぎ早に返って来たどこか高慢に感じるそのユズルらしくない一言に、レイは
目を閉じてかぶりを振った。
そして、静かに諭すように言う。
『そーゆーの、よくないよ・・・
・・・ホヅミ君には、そんなの似合わない・・・。』
『じゃぁ、どうすればいいんだよ・・・。』 まるで泣き出しそうに不安定な
声色で呟くユズルに、レイは小さく笑う。
まるで溜息を落とすように、募る想いのやり場に困って呟いた。
『・・・そうねぇ・・・ どうしよっか~・・・?』
すると、暫くレイからの反応がなく無音だったユズルのケータイを当てる耳に
スニーカーの靴底がアスファルトを蹴り上げる音が聴こえた。
全速力で走っている為に乱れる呼吸でどこか苦しげに、レイは言う。
『正面玄関まで来てっ!!』
その突然の一言にたじろぐユルズに、 『いいから早くっ!!』
ユズルは慌てて自分の病室の引き戸を乱暴に開けると、車イスのレバーを大きく
前に倒して進み、廊下奥にあるエレベーターへ乗り込む。 ”1 ”という階数
ボタンを連打し ”閉 ”のボタンも震える指先で押し続けた。 中々閉まらない
エレベーターの扉と、ゆっくりしか降下しないそれにジリジリ苛立ちを感じる。
そして1階フロアに到着すると、再びレバーを前傾し急いでレイが指定する正面
玄関へと車イスを走らせた。
もう施錠され自動ドアのセンサーは反応しない、その暗く静まり返った正面玄関
のガラス戸。 そこにレイが息を切らして飛び込んで来た。 ユズルも慌てて
車イスでそのレイの前に着く。 ふたりの間には決して開かない自動ドアが立ち
塞がっている。
ふたり、ただただまっすぐ見つめ合っていた。
その目には、愛おしく想う互い以外なにも映っていない。
レイはそっと手を伸ばして、ガラス戸に手を付きやわらかくユズルに微笑む。
ユズルも同じように手を伸ばすと、ガラス一枚挟んでふたりの手が重なった。
ケータイを耳に当てたままのふたり。
なにか言いたげに、しかし言いよどんでただただ切なげに見つめ合っていた。
ユズルが小さく溜息を落とした。




