■第33話 絡み合った視線
ユズルは毎日、レイが来るのを今か今かと待ち侘びるようになっていた。
自分の病室の窓から、待合室の大きな窓から、せわしない長い廊下の窓から。
時には1階の正面玄関まで下りて行って、ヒョロ長い痩せたその姿を探した。
ユズルの電動車イスは右往左往し病院の廊下を落ち着きなく動き回っていた。
レイもまた早くユズルの元に駆け付けたくて、仕事中にも関わらず何度も
何度も左手首の腕時計に目を落とした。 終業時間まであと数時間もある
その時計の文字盤に不貞腐れるように小さく溜息を零していた。
やっと夕方になり、ふたりはいつもの待合室でどこか照れくさそうに今日も
見事な橙色の夕陽を眺める。
互いに逢いたくてこの時間を心待ちにしていたくせに、顔を見合わせると
憎まれ口しか出てこない、まるで中身は小学生の様な図体だけ大きなふたり。
ユズルがチラっと横目でレイを確認しながら、大きく肩を廻す。
それはあきらかに肩が凝っている ”アピール ”で、大袈裟に首を左右に倒し
『んぁあ・・・』 しかめ面で少し気怠いうめき声まで上げてみせる。
レイに少しでも触れてほしくて、レイの手の平の温度を少しでも感じたくて、
肩や首の凝りをほぐして欲しいだけではなくて。
決して言えはしないけれど、心の中をさらすならば・・・
本当は、レイの手を握ってみたい
本当は、レイを抱き締めてみたい
本当は、レイの唇の温度を知りたい
肩をすくめてクスリ笑うレイ。 こどもの様なユズルが可笑しくて仕方ない。
『凝ってんの~・・・?』 口角を上げて、チラリ流し目をする。
あきらかに見抜かれている、その下手くそなユズルの ”アピール ”
『・・・いや、別に。 そうゆう訳じゃ・・・。』 ユズルは自分がしている
こどもっぽい行為が途端に恥ずかしくなり、慌てて否定した。
『・・・あっそ。 凝ってる訳じゃないのね?』
ユズルに向けていた目線をレイはアッサリはずして窓の外を遠く眺める。
そして窓ガラスに映ったユズルの様子を、笑いを堪えながらこっそり見つめた。
レイから素っ気なく突き放され、なんだかそれはそれで面白くないユズル。
『・・・・。』 ムっとした面持ちで口をつぐんだ。
そして、ぽつり呟く。
『やっぱ・・・ 少し凝ってる、かも・・・。』
こっそりクククと笑いながら、レイはわざとシレっと言う。
『あー・・・ まぁ、 ”少し ”なら平気じゃない?』
するとユズルは目を眇め駄々っ子のように口を尖らした。
『もしかしたら・・・
・・・触ってみたら、結構凝ってるかもしれないよっ!!』
その一言にレイが腹を抱えて可笑しそうにケラケラ笑った。 体を屈めて
可笑しくて仕方ないといった風に、いつまでもいつまでも上機嫌に笑っている。
笑われ過ぎてユズルは増々こどもの様に不貞腐れる。
しかし、そっと肩に当てがわれたレイの手の温度に途端に俯いて黙りこくった。
レイのぬくもりに、ユズルの心はじんわりあたたまり満たされていた。
レイはユズルのリハビリにも付き合うようになっていた。
それは療法士が行う本格的なものではなく、自分で日常的に行う軽いものだった
けれど自分ひとりでやるよりレイが傍にいてくれた方がヤル気が出た。
レイが傍にいて、ユズルを褒めたりわざとけなしたりして、ふたり笑いながら。
レイは決して手を出したり助たりはしなかった。ただただ傍で笑って見守った。
ふと待合室の壁にかかる時計を見ると、その短針は面会時間が終わる8時に
近付いていた。
見間違いで本当は7時だった、という限りなく低い可能性に賭けてもう一度
チラリ壁掛け時計に目を遣るも、やはり無情にも時計の針は8時を差していて
ユズルは眉根をひそめて不満気な顔を作る。
そして小さく呟く。
『もう少し、リハビリ付き合ってよ・・・。』
レイも壁掛け時計は気にしていた。 しかし、もうそんな時間はあまり無い。
『今日はもう充分なんじゃない?』 言い聞かせるように返すも、ユズルは
何故か頑として引かない。
『いや・・・ あの・・・
・・・あと15分でいいから・・・。』
『ん~・・・。』 渋っているレイに、 『じゃあ、あと5分でも!!』
なぜか今夜に限って聞き分けが無い、やたらと必死なユズルにレイは笑う。
『5分じゃなんにも出来ないじゃない。』
口をつぐんで黙りこくったユズルを、レイはそっとやさしく見つめた。
眉間にシワを寄せほんの少し下唇を突き出して、まるで小さなこどもだ。
(最初の頃の、あの聖人みたいな顔はどこにいったのよ・・・?)
『ねぇ、素直に言ってみたら・・・?』 少し体を屈めてユズルに目線を
合わせまっすぐ見つめる。 突然のその熱を持った視線に、驚き所在無げに
慌てて目を逸らすユズル。 それでもモゴモゴと何か言いたげに要領を得ない
ユズルに尚もレイは追い打ちを掛ける。
『ん~・・・?
・・・なんか言いたい事があるんじゃないのぉ~・・・?』
レイにからかう様に指先でツンツンと二の腕をつつかれ、ユズルが睨む様に
どこかすがる様に目を眇めてレイを見た。
そして、小さく小さく心許ない声色で呟いた。
『ま、まだ・・・
もう少し帰らないで・・・ ここに、いてよ・・・。』
レイが愛おしそうにユズルを見つめ返して、微笑む。
『まどろっこしいのはキライ。
・・・最初っから、そう言いなさいよね~・・・。』
そして、両手を伸ばしてそっとユズルの手を握った。
動かない脚の上で駄々っ子のようにキツく握り締めていたユズルの拳が、
レイの指先の温度にビクっと跳ねる。
その指先があたたか過ぎて、心が震える
ユズルのその意外に繊細な指先と、レイの細くて長い指が愛おしそうに絡まる。
ユズルは震える手でレイのあたたかいそれをしっかり握り返した。
両手で包むように、しがみ付くように、全力ですがるように。
自分の額に、頬に、擦り寄せるようにレイの手を大切に大切に包み込む。
目を上げたその瞬間、ふたりの視線が絡み合った
すると、ユズルがしっかり掴むレイの手をぎゅっと引っ張った。
突然のそれに少しよろけ前屈みになったレイ。 ユズルはその頬に片手を当て
渾身の力を込めて精一杯上半身を乗り出し、顎を上げる。
そして、そっと短くキスをした。
はじめて、手を繋ぎ指を絡め
そしてはじめて、唇がふれた
まるで初めてキスしたの時ように、心臓は壊れそうに早く打ち付ける。
どきん どきん どきん どきん ・・・
ドキン ドキン ドキン ドキン ・・・
切なくて愛しくて恋しくて、そして苦しい。
レイが驚いてせわしなく瞬きを繰り返しながら、照れくさそうに目を伏せ
そっと唇を離し、そしてユズルを見つめ微笑む。
それはどこか哀しげな瞳で、寂しさに震えているようで。
『ホヅミ君・・・
ウチのお祖母ちゃんね、明日で退院するの・・・。』




