■第31話 誤魔化しきれないその想い
『明日もタキさんのお見舞いに来るんですか・・・?』
レイに肩を揉まれたまま、ユズルがどこか遠慮がちに後ろのレイへ訊く。
なるべく自然に問い掛けたつもりでいるが、どう誤魔化そうともその耳は
赤く染まってしまっている。
『明日は仕事で遅くなるから、どうかなぁ~・・・。』 斜め上方を見つめる
ように小首を傾げ少し考え、そう返したレイ。 その手は止まりユズルの肩に
やさしい温度を伝える。
『夜8時まで面会は出来ますよっ!!』 ユズルは語尾が重なる勢いで言った。
なんだか焦るようにやたらと早口で返されたそれに、少し驚いた顔をしたレイ。
『ん~・・・。』 自分の体重を、ユズルの肩に置く親指の指先にかけながら。
『8時かぁ~・・・
ん~・・・ 8時までここに来られるかどうか・・・。』
すると、ユズルが凄い勢いで顔だけ振り返った。
『なんでそんなに遅くまで仕事するんですかっ?!』
そう言う顔は眉根をひそめて口を尖らせ、目も眇めている。
いつも患者の前で聖人のような穏やかな表情を上手に作り微笑んでいる人と
同じそれとは思えない程の、こどもっぽい顔にレイは吹き出して笑った。
『なーに怒ってんのよっ??』
思わずユズルの肩を揉むレイの手は止まり、ただそっとそこに手を置いた。
そして、ポンポンと手の平で肩をやさしくノックするように2回打つと、
ユズルの入院着越しの肩に歯がゆく切ない振動が伝わり、それはいとも簡単に
全身を回り心臓まで達してぎゅっと締め付ける。
レイの笑う声が、手のぬくもりが、まっすぐな視線が、容赦なく。
からかう様に笑われて、急激に恥ずかしくなったユズル。
胸の鼓動を堪え慌てて前を向きしかめ面で俯いた。 手持無沙汰に自分の指先を
絡めたりほどいたり、無意味に爪を弾く。
『べ、別に・・・ 怒ってないですけど・・・。』
『変なの~・・・。』
そしてまた、レイがケラケラと可笑しそうに笑った。
薄暗い静かな病院待合室に、やわらかい笑い声がやさしく響いていた。
レイが帰って行ったその夜。
ユズルは自分の病室でひとり、窓から見える満月をぼんやりと見ていた。
今夜の月はあまりに澄み渡っていて、ユズルが必死に隠そうとする本音も
まるでお見通しだと言わんばかりに輝いてその光をまっすぐ差し込む。
手を伸ばしそっと自分の肩に触れてみる。
先程までレイが揉みほぐしてくれていた、その肩。
男らしさの欠片も無い、痩せて心許ないすっかり細い肩。
それを情けなく恥じるかの様に、レイの手のぬくもりを思い出すかの様に
手を置いて俯きぎゅっと目を閉じる。
(レイさん・・・。)
切なげに閉じていた目をそっと開いたユズルに、一番最初に見えたもの。
それは、微動だにしない自分の脚だった。
入院着を着た、筋肉が落ち痩せ細ったその脚。
自分の脚という感覚すらない、触ってもなにも感じないその脚。
(僕は、一生その脚で生きていかなきゃいけないんだ・・・。)
思わず握り拳を作って、思い切り脚に打ち付けた。
何度も何度も殴り付ける。
苦々しく顔を歪め、唇を噛み締めて何度も何度も。
しかしどんなに強く殴っても殴っても、痛みは感じない。 なにも感じない。
殴り続けた拳だけが、赤くなってジンジンと熱にも似た痛みを発した。
まるで他人のそれの様な、人形のそれの様な、わずかな感覚もない脚。
少しずつ少しずつ形を成してゆくレイへの淡い想いを、もう自分でも誤魔化し
きれなくなっていた。
レイともっと話がしたい、レイともっと笑い合いたい、レイに傍にいてほしい、
レイともっと、ずっとずっと・・・
しかし、目に入った痩せ細った脚にユズルはかぶりを振って小さく嘲笑った。
(この脚で、なにをどうするってゆうんだ、僕は・・・。)
『くそっ・・・。』 ユズルの目に涙が滲んでいた。
持ちあがらないくらい首をもたげると、細い肩が小刻みに震え哀しい嗚咽が
静まり返ったひとりぼっちの病室に響く。
こんな体になった自分を心の底から呪いたくなった、静かな満月の夜だった。




