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■第28話 怯むことなく、まっすぐ

 

 

レイは、ちょくちょく病院を訪れるようになっていた。

 

 

仕事が終わると足早に病院へ向かい、まっすぐ祖母タキの病室へ駆け込む。


正直なところ、重病人でもないタキの見舞いは毎日ではなくても良かった為

タキ自身、レイの来訪が嬉しい反面少し不思議そうに小首を傾げる。

 

 

 

 『あんた、


  仕事忙しいからあんまりお見舞いには来られないって


  散々言ってたのに・・・ ムリしなくていいのよ・・・?』

 

 

 

『別にムリしてないってば・・・。』 レイはなんだか珍しく歯切れ悪く返す。

そっと前髪に隠れるおでこに手をやり、不貞腐れるこどもの様に俯いたレイ。


車イスの英雄 ”ユズル先生 ”が異様に気になっていた。

あの嘘くさい微笑みが癇に障って仕方がない。

 

 

 

 

  (なんなの・・・?


   なんであんな風に笑うの?アノ人・・・。)

 

 

 

 

病院の廊下で、待合室で、看護師の詰所で、常に人に囲まれて穏やかな表情を

その頬にゆったりとたたえているユズルを本当はいつも目の端で追っていた。


どこかイライラするのだから見たくなどないはずなのに、なぜか必ずその姿を

見付けてしまうし、無意識のうちに探してしまう。

 

 

 

 

 

それは、とある夕暮れ。


またしても夕飯時で、待合室が閑散とした時だった。

各病室から箸やスプーンが食器にぶつかる音や、あまり気乗りしない咀嚼音が

小さく流れて響く。

 

 

自分でもよく分からないうちにどうしても足が向いてしまうそこに今夕も窓辺に

佇むその入院着の後ろ姿を見付けたレイ。

 

 

やはり黙ってはいられなくて、思わずその背中に唐突に声を掛けた。

 

 

 

 『ねぇ・・・


  なんでアナタって、そんなにいっつもニコニコしてるの・・・?


  ・・・嘘くさいからやめたら??』

 

 

 

再び突然話し掛けられたユズルは、少し慌てて車イスごと振り返った。


窓の外をじっと眺めていた背中は不意を突かれ、驚いて小さく跳ねるように

肩があがり強張る。

 

 

 

 『どう考えたっておかしいじゃない、


  アナタのそんな状態で、にこやかな顔するの・・・

 

 

  目の奥が笑ってないことぐらい、すぐ分かるわよ・・・。』

 

 

 

レイは少し小首を傾げ、ユズルをまっすぐ見つめる。


その目はユズルの動かない脚にも、常に入院着の痩せた上半身にも、あの事故で

大きな傷を負った額にもまるで怯むことなく、まっすぐ見据える。

 

 

ユズルは一瞬、能面の様な表情の無い冷たい真顔になり、その刹那また穏やかな

笑みを頬に作った。 夕陽で光った細縁メガネの奥の目を細め、口許の筋肉を

過剰にきゅっと吊り上げて。

 

 

そして、ひとつ息をつく。

 

 

 

 『僕は、即死してもおかしくない事故に遭ったのに


  こうやってまだ生きてるんですよ・・・

 

 

  すべてのものに感謝して、生きていかなきゃいけないんです・・・。』

 

 

 

気味が悪いくらい穏やかなやわらかい口調でそう言った満足気なユズルに、

レイは言う。

 

 

 

 『人はそんな簡単に悟ったり出来ないでしょ。』

 

 

 

ユズルの目の奥が、鋭く光る。


なにを言っても厳然とした様で言い返してくるレイが不愉快で仕方がない。 

ユズルに向ける迷いが無いその眼差しも、その言葉ひとつひとつ、すべて。


しかもレイのそれは紛れもない正論だったので尚の事だった。

頬が苛立ちと緊張に少し強張るも、ひくひくとわずかに痙攣するその頬で

なんとかユズルは笑顔を作る。

 

 

ユズルは必死に次の言葉を考えていた。


どういう言葉なら彼女を言い負かせるのか。

”ユズル ”という人間が、どれだけ寛大で慈悲深いかを思い切り彼女に

知らしめる言葉を、懸命に。

 

 

すると、暫く黙ったままだったレイが哀しげに小さくかぶりを振った。

 

 

 

 

   『アナタが本気で泣いたり怒ったり嘆いたりするのを、


    誰が責めるってゆうのよ・・・

 

 

    誰も・・・ 神様だって・・・ アナタを責めたりしないのに・・・』

  

 

 

 

レイのその声は泣いているのかと思うほど震えていて心許なくて、ダイレクトに

ユズルの胸に突き刺さった。


それは、他の人の同情や憐みを含むそれとは全く違った。

確かな温度をもって、冷たく凍り固まったユズルの胸の奥にじんわり沁みる。

 

 

唇を噛み締め、うな垂れて、ユズルがぎゅっと目をつぶった。

その目にはいまにも零れそうな涙が滲んでいた。

 

 

 


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