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■第24話 逢えなかったふたり、出逢ったふたり


 

 

ミヨコが涙で濡れた頬を向け、ショウタに言う。

 

 

その顔は訴えるように、真剣な眼差しでまっすぐ見つめて。

ショウタに言い聞かせるように、言いくるめるように、慎重に。

 

 

 

 『いいかい・・・?


  これだけは言っとくけど、保留なんだ。


  今はただ、保留なだけ・・・ 意味、わかるね??』

 

 

 

ユズルは一生車イス生活で、結局はシオリが病院を守ってゆくことには

変わりないという話を、静かに静かにショウタに話して聞かせるミヨコ。

例え早まった行動を取ったところで、以前と状況はほぼ変わっていないのだ。

 

ショウタの筋肉で引き締まった二の腕のあたりを、ミヨコはその肉付きの

いい手でぎゅっと掴んでいた。 まるで、今すぐにでもシオリの元へ飛んで

行くのではないかと、大きなその体を引き留める様に。

 

 

しかし、ショウタは冷静だった。


少し乱暴に掴まれたその二の腕を振り払うこともなく、ミヨコの指先にも

ショウタからの拒絶感は感じない。


ただただ黙ってミヨコの話を聞いていた。

ただただ黙って物哀しげになにか考えているようだった。

 

 

 

ひとつコクリと頷くと、震えながら深く呼吸をして目を伏せるその横顔。

 


  

その横顔を見て、ミヨコは息子がすっかり大人になった事を痛感していた。


あの頃のショウタならミヨコの言うことなど聞く耳持たず、今すぐ玄関を

飛び出しシオリの元へ駆けて行っただろう。

”保留 ”という言葉を耳にしただけで、その頬には希望だけ満面にたたえて

何も深い事は考えず、一心不乱にただシオリへ向けてその脚はガムシャラに

アスファルトを駆けたはず。

 

 

 

 『そっか・・・


  ・・・ユズル先生は、一生・・・・・・・・。』

 

 

 

ぽつり呟いたショウタは、ユズルの無念さや家族の思いを想像し泣き出しそうに

顔を強張らせていた。 喉元に力が入り、ゴツい喉仏がかすかに震えている。

 

 

シオリが兄ユズルを思って、両手で顔を覆い細い肩を震わせ泣く姿を想像する。

また声を殺して、たったひとりで涙の雫をこぼす華奢なその背中を。

 

 

 

 

  シオリの傍にいられたら・・・


  シオリの涙が止まるまでずっと抱きしめていられたら・・・


  シオリの胸の痛みを、ツラさを、少しでも吸収出来たら・・・

 

 

 

 

 

ショウタはいまだ続けている早朝の新聞配達の帰り道は、必ずシオリの病院に

寄り朝靄けむるその巨大な建物をただただ見つめていた。


その無数の窓にはシオリの姿など一度も見付けることは出来なかったけれど、

それでも毎朝同じ場所に原付きを止め、雨の日も風の日もシオリを想って目を

細め遠く見つめていた。


それは時間にしてたった5分、10分くらいの事だった。

ショウタはもう何年も、それを続けていた。

 

 

車イスの背中が、病室の窓越しにその原付きの姿をじっと見詰めていた。

 

 

 

 

 

『お祖母ちゃ~ん?』 6人部屋の戸口で少し遠慮がちに発せられたその声に

ベッド脇に置かれたテレビにぼんやり向けていた目を慌てて戸口に移動させ、

タキは体を起こして嬉しそうに微笑む。

 

 

孫娘レイが再び見舞に来てくれたその日、タキはその再訪を事前に知らされて

いなかった為、驚きと嬉しさでこどもの様にクシャクシャに顔を綻ばせた。


嬉しくて仕方がないタキは、貴重品入れに入れた財布から千円札を出し渡すと

もういい大人のレイに、『好きなジュースでもお菓子でも買って来なさい!』

まるで小学生に接するように言う。

 

 

レイは ”こどもじゃないんだから ”と言い掛けて、やめた。


タキがレイになにか買ってあげたくて仕方ないという気持ちは伝わっていたし

いくらタキより背が高くなり大人になったと言っても、レイはいつまで経っても

タキにとっては小さい小さい孫なのだ。


『ありがとうっ!』 少し大袈裟に喜ぶ姿をタキに見せると、レイは千円札を

片手に握ったまま病室を出て1階の売店へ向けて歩き出した。

 

 

相変わらず引っ切り無しに人が行き交う、その廊下。


看護師が患者の背に手を置き声を掛けていたり、帰ってゆく見舞客との別れを

惜しむ入院着の姿があったり、歩行器で歩行練習をしている背中もある。


そんな騒がしい廊下を歩くレイの耳に、かすかに後方から他とは異種なタイヤが

回転する電動音がする。 それは遠くから、次第にどんどん近付いて。


ふと立ち止まってレイは振り返ると、電動車イスに乗った細縁メガネの男性が

横を通り過ぎる。

 

 

その瞬間、その車イスは言った。 『こんにちは~。』

 

 

 

レイは通り過ぎて行ったその車イスの背中をじっと見つめていた。

 

 

 


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