■第23話 本当に神様がいるのだとしたら
『・・・そんな事、訊いてどうするんだよ。』
ミヨコは一瞬バツが悪そうに逸らした目を、再びショウタにまっすぐ向けた。
それは強い光が宿った、母の厳しい目だった。 息子を想うが故の厳しいそれ。
『もう・・・ お前も、いい加減・・・』 言い掛けたミヨコへ、ショウタは
身を乗り出し語尾が重なる勢いで問いただした。
『なんで・・・?
ど、どうしたの・・・??
病気?? ホヅミさん・・・ どっか具合でも悪いの・・・??』
心配で不安で、その声はか細く震えて落ちた。
その息子の真剣で矢継ぎ早な一言に、ミヨコはハッと息を呑む。
ショウタはシオリに逢う逢わないではなく、シオリが病室にいた理由だけを
必死に慮っている。
母ミヨコが自分に内緒でシオリの元へ見舞いを届けようとした事でもなく、
コウにそれを邪険に阻まれた事でもなく、ただただシオリの心配を。
ただただ、シオリの体だけを一途に・・・
まだこんなにも初恋の人を想い続けているその姿に、ミヨコの胸は張り裂け
そうに痛み、歪んでゆく顔を思わず両手で覆って肩を震わせはじめた。
(神様・・・ どうにかしてくれないか・・・
ふたりの歯車を、どうにか・・・ 神様・・・。)
突然涙をこぼした母ミヨコを目に、増々ショウタは不安気に詰め寄る。
ミヨコの肩に置いたショウタの手はえも言われぬ恐怖に震えていた。
『え・・・ なに??
ホヅミさん・・・ なにがあったの? どうしちゃったの・・・?』
暫くミヨコは俯いたままだった。
真実を言っていいのか、考えあぐねる。
伝えていいのか、伝えない方がいいのか。
シオリの現状をショウタに伝えたところで、それがどうなるのか。
でも、もし。
もし、本当に神様がいるのだとしたら、もしかしたら。
もしかしたら、ふたりを・・・
そっと顔を上げた、ミヨコ。
頬に幾筋もついた哀しい涙の跡が、居間の照明に照らされ光ってやけに目立つ。
ショウタがなにかを覚悟するように、身を硬くして息を呑んだ。
『シオリちゃんの・・・ お兄さん・・・
意識が戻ったって・・・
シオリちゃんは・・・
まだ・・・ まだ、結婚はしてない
従兄弟の彼と・・・ 婚約も、まだ・・・
今、過労で倒れて療養してる、って・・・。』
耳に聴こえたそれにショウタが言葉を失くし、目を見張る。
呆然とした面持ちで暫く立ち竦み、そして腰が抜けたようにその場にゆっくり
スローモーションのように膝をつきしゃがみ込んだ。
そして、心の底から安心したようなやわらかい顔をして呟いた。
『そっか・・・
ユズル先生が・・・ 良かった・・・
ほんとに、ほんとに・・・ 良かった・・・。』
それはやさしすぎる涙声で響いた。
そして、小さく小さくまるで泣いているようにひとりごちた。
『ホヅミさん・・・
・・・喜んだだろうなぁ・・・・・・・・・。』
母ミヨコが思わず息子に駆け寄り、その肩をぎゅっと抱きしめた。
我が息子ながら、こんなにやさしいあたたかい子に育ってくれたことに
胸がいっぱいだった。 こんなに思いやりがある子に育ってくれたことに。
どれだけショウタはシオリに逢いたいのだろう。 どれだけ傍にいてそれを
一緒に喜びたかったろう。 ショウタの気持ちを考えると胸が痛くて苦しくて
止めどなく涙は流れ伝う。 なんとか出来るものならしてやりたいという親心が
込み上げジリジリとした歯がゆさに奥歯を食いしばった頬が強張る。
ミヨコの目から伝った涙が、大きくたくましい息子のTシャツの肩口に次々落ち
沁みて小さく滲んだ。
哀しい程にまっすぐで不器用なショウタの背中を、ミヨコの肉付きのよいシワが
刻み込まれた手で何度も何度もトントンと叩いた。 やさしくやさしく何度も。
まるでそれは、小さなこどもをあやすかのように。
大丈夫、大丈夫と、繰り返すかのように。
『神様は・・・ どんだけ天邪鬼なんだろね・・・
でも、でも・・・ 神様なんだから、きっと・・・。』
それは、ショウタに言い聞かせるように天に乞うように、ミヨコの震える喉から
発せられた。




