■第22話 奪い取ったコウの指に
『ちょっと、あんたっ!!!』
ショウタが配達から戻ると、それを待ち構えていたかのように母ミヨコが
店先から飛び出して来て、原付きのハンドルにすがるように掴みかかった。
すごい勢いで掴まれたそれに、左右に不安定に揺れた原付きに跨ったままの
ショウタが慌てる。
『なん?』 母のその慌てように不思議そうな目を向けたショウタ。
しかし瞬時に、配達先がシオリの病院だったため気を揉んでくれていたの
だろうと気付く。
ミヨコがショウタの顔色を伺いながら、どう切り出していいものか考えあぐね
モゴモゴと言いよどんでいる。
そんな過剰に心配する母の様子に、有難い反面ショウタは少しイライラし
八つ当たりする様に低く呟いた。
『・・・別に、ダイジョウブだから・・・。』
”ミヨコが杞憂しているような事は無かった ”という意味を込めたつもりの
ショウタ。
すると、その一言にミヨコは目を見張り、そして意を決して呟く。
『ほ、本人に・・・ 渡したの・・・?』
どこか震えて響いたそのミヨコの声に、ぼそりとショウタが返す。
『んぁ・・? 母ちゃんの知り合いには会えなかったけど。』
コウの先程の無礼な言動を思い出し、少し不機嫌そうに眉根をひそめる。
『担当医がたまたま通り掛かって、”渡しておく ”って・・・。』
その一言に、ミヨコはホッとしたような落胆しているような、微妙な表情を
作り力が入り過ぎて上がっていた肩をそっと落とす。
決してショウタをシオリに逢わせようとした計画ではなかったはずなのに、
あと少しの所で逢えず仕舞いだったふたりを思うと、神様はとことんふたりを
引き離す考えなのだと無意識のうちに溜息が零れる。
『運命・・・ なのかね、そうゆう・・・。』
『んぁ?』 ミヨコのひとり言に、ショウタが一瞬目を向け首を傾げた。
その夜。
ショウタは自室でひとり、病院でのコウとの遣り取りを思い返していた。
言葉では表せないモヤモヤしたものが、あれからずっと胸に痞えている。
目を眇めてあの時の映像を呼び起こそうと、頭を抱えるように背を丸める。
最初、コウの言動にただただ苛立っていたショウタだが、次第に考えるのは
”そこ ”ではないと気付く。
青りんごのカゴをショウタから奪い取ったコウの指に、それはあっただろうか。
受け取りサインを書くために握ったペンは、左手に持っていた。
”左利き ”なのだと、あの時一瞬頭をよぎったのだ。
あの左手には、結婚指輪は・・・
しかし、まだ結婚していないというだけで、婚約はしたのだろう。
マヒロが言っていた ”すっごいダイヤの指輪 ”というのは婚約指輪を指す
のだろう。 以前、コウも婚約指輪を受け取りに行く前に、わざわざ店まで
やって来て嫌味っぽくそんなような事を言っていたのを思い出す。
そして、つくづく思う。
そんな高価な指輪は、一生かかっても自分には買うことが出来ない。
無意識のうちに、溜息が落ちる。
『208号室・・・。』 そっと俯き、ぼんやりしたままポツリ呟いた。
もう一度なにか考え 『208・・・?』 と呟いてみる。
引っ掛かる。
今更ながら、それに引っ掛かっていた。
普通、届け先が病院だからといって病室番号だけで贈り物をするだろうか。
普通、病室番号の他に最低限名前ぐらい書くのではないのだろうか。
そして常に厭らしい程に冷静沈着なコウが、凄い剣幕で病室に入ることを
止めて掛かり、そこから慌てて乱暴に引き離された。
208号室・・・
それは、
コウがショウタに会わせたくない人間がいるから・・・?
あれは、
母がショウタに会わせることに悩み苛む人間がいるから・・・?
”ほ、本人に・・・ 渡したの・・・?”
配達から戻ったショウタへ、しずしずと訊いたミヨコのあの引き攣った顔。
考え込み俯いていた情けない顔をガバっと上げて、目を見開く。
ショウタは、自室を飛び出して母ミヨコのいる居間へ向け階段を駆け下りた。
古い階段の踏面が、乱暴に踏みつけるショウタの足裏にギシギシと音を立てる。
居間のドアを粗雑に荒々しく開け放ち、ミヨコに詰め寄る勢いで身を乗り出した
ショウタにミヨコはなにかを察したように咄嗟に目を逸らす。
『母ちゃん・・・
・・・今日の、あの・・・ 208号室って・・・。』




