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■第20話 病室のドア8センチの厚み


 

 

青りんごが山積みになった籐カゴを片手に、ショウタは病院の正面玄関の

自動ドアを強張った緊張の面持ちで通り抜けた。

 

一歩足を踏み入れた瞬間、心臓がバクバクと異常なくらいに激しく打ち付け

口の中がカラッカラに乾いて唾を飲み込もうとする喉も空回りする。

 

 

シオリが働いている、ここ。

シオリが確かにいるはずの、この場所。

 

 

『208号室・・・』 キョロキョロと外来患者で混雑する午後の病院を歩く。


外来待合室のソファーにはマスクをして苦しそうに咳き込む人や、熱っぽい赤い

顔をした小さなこどもを抱きかかえる不安気な母親の姿。 

腕をアームリーダーで吊る人が目に入り、ショウタは高校の時に体育の授業で

ケガをしてここにやって来た事を思い出し、切なげにそっと目を伏せた。

 

 

外来患者で混み合うそこを抜け入院病棟へゆっくりと進み、2階へ向けて階段を

一段ずつ一段ずつのぼる。 やけに階段を進む自分の足音が耳につく。

 

 

ショウタの目は常に ”その姿 ”を求め、彷徨っていた。


マヒロからシオリが髪を切った話は聞いていた。 しかし、やはり無意識に

探してしまうのはあの頃と同じ美しい長い黒髪の、華奢な白衣の背中だった。

あの愉しそうにクスクス笑う愛おしい声が聴こえないか耳を澄ます。

”ヤスムラ君 ”と呼び掛け、目を細め見つめてくれた恋しい視線を探す。

 

 

今更会ったところでどうにもならないし、なんて声を掛けていいかも分から

ないその姿を求めて。 その視線は騒がしい廊下の先に、看護師のせわしない

詰所に、チラリ覗いた病室の奥にただひたすら泳がせる。 


逢いたくて逢いたくて堪らない、シオリの姿に。

 

 

 

  シオリは気付かなくてもいい・・・


  ただ一目でも、逢えるのならば・・・

 

 

 

看護師と入院患者の姿がひっきりなしに行き交うその廊下を、ショウタは緊張

して強張った顔でゆっくり進む。 肩に力が入り過ぎて痛い程だった。


気持ちはシオリにばかり向かっているけれど、仕事でここに来ているのだと

思い出して一度立ち止まり、かぶりを振って自分をいなす。 

ぎゅっと手に力を込めて、カゴの持ち手を握りしめ直した。 片手に持った

青りんごのカゴの透明フィルムが、ショウタのジーンズの脚に小さく擦れて

カサカサ鳴った。

 

 

斜め上方を指差し確認しながら、病室の番号プレートに目を向けていた。

 

 

 

 『206・・・ 207・・・。』

 

 

 

最近は個人情報の関係で患者名はプレートには表示されない。

病室番号しかないそれに、ショウタは真剣に番号違いがないよう目を向ける。

 

 

一歩ずつ一歩ずつ、その場所にショウタの足は近付いていた。

 

 

 

そして、それを見付けた。

 

 

 『208・・・ ここだ・・・。』

 

 

 

 

 

その時。


208号室の病室内ではシオリが眠りから覚めてそっと上半身を起こし、

自分の青白い腕から何本も繋がれている点滴の管をぼんやり見つめていた。


付き添ってくれている母マチコは丁度席を立ったようで居なかった。

静まり返った病室に、壁掛け時計の秒針が進む音だけが響いている。

 

 

シオリは小さく溜息をつき、点滴の管を気にしながら慎重に腕を伸ばすと

パイプイスの背に掛けてある自分の白衣を引き寄せた。 

そして、そのポケットに常に入れている暗記カードを取り出してパラパラと

めくると、哀しげに寂しげに目を細め微笑む。

 

 

 

 

  (ヤスムラ君・・・ どうしてるかな・・・。)

 

 

 

 

すると、

  

 

 

        コンコン・・・

 

 

 

 

ドアをノックする音に、シオリは目を向けた。


扉向こうでショウタが拳をつくり、引き戸に2回それをぶつけて中の様子を

聞き耳を立てて伺う。

 

 

 

病室のドア8センチの厚みを隔てたそこに、何も知らないショウタとシオリが

佇んでいた。

 

 

 


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