■第19話 青りんごの籐カゴ
ミヨコはヒサコの名前を借りて、シオリの病室まで見舞いを配達する
手筈を整えていた。
シオリの現状は息子ショウタに知らせるのは逆に酷だと感じていた。
保留になっていると言っても、今後シオリは従兄弟コウと結婚する事に
なるのだから下手に中途半端な期待を持たせたところで更に深手を負う
のは明白だ。
ショウタには内緒でこっそりシオリへ見舞いを渡しに行き、その顔を
一目だけでも見て来ようとヒサコに頼み込んだのだった。
『明日の3時に、ヒサコの名前で配達するから。
・・・病室は、208号室で間違いないわね・・・?』
籐のカゴいっぱいの青りんごに、ミヨコは ”御見舞 ”と書かれた
短冊を添える。
どこか緊張の面持ちで、青りんごの籐カゴを店の奥に準備していた。
翌日。
『んぁ?コレ、配達??』 ショウタが目に入った籐カゴの青りんごに
目を向ける。
すると、品物に張り付けてあるメモ紙の届け先にショウタが目をやる前に
ミヨコはそのメモ紙をショウタの指先から奪う様に取り上げ、どこか挙動
不審にも思えるような早口で言う。
『コレ、私の知り合いに頼まれたやつだから。
私が行くから、アンタは気にしないでいいから・・・。』
『・・・あっそ。』
普段は配達はすべて原付きに乗ってショウタが担当していた。
そこにシオリの病院名が記されていたとも知らず、アッサリと引き下がる。
母ミヨコの慌てる様子にどこか首を傾げながらも、然程気にせずショウタは
仕事に戻って行った。
ミヨコがそわそわと落ち着かない面持ちで、ショウタから目を逸らし俯いた。
午後2時30分。
そろそろ病院へ配達に行こうと、店の壁掛け時計を見上げ準備をはじめた
ミヨコの耳に店の奥の電話が鳴った。
『お父ちゃ~ん! 電話出て~~!!』 声を張り上げるも、別件で手が
塞がり電話には出られなそうなその背中。
『ショウタァァアア!!!』 息子の名を呼ぶも、同じタイミングで依頼が
あった配達の品を原付き後部のカゴにセッティングしていて、ミヨコの声は
届いていない。
渋々、ミヨコは電話に出た。
左手首に付けた腕時計に目を落とし、眉根をひそめて、
『はい!八百安っ!!』 少し不機嫌そうに、いまだ黒電話の受話器に声を
張りがなり立てる。
そんな母ミヨコの事など知る由もないショウタは、父が一か所にまとめて
準備していた配達の品をすべて原付きに積み込むと、最初の配達先へ向けて
エンジンを吹かせ原付きを走らせた。
3か所分の配達の品物を乗せた原付きは、客の姿がチラホラ増えはじめた
午後の商店街を軽快に走り抜けて、住宅街へ向かう。
最初の届け先へ品物を渡した後、次の配達先を確認するショウタの目に
それが飛び込んで来た。
それは、母ミヨコが届けると言っていた青りんごの籐カゴ。
父が誤ってひとまとめにしていたそれを、まとめて全部積んで来てしまった
ことに気付く。
そして、メモ紙に書かれた届け先に目を見張り息が止まるショウタ。
(ホヅミさんの・・・病院だよな・・・ コレ。)
指先で掴んだメモ紙が、小さく震える。
今まで決して中には入らなかった、そこ。
押し掛けてはいけない。シオリの迷惑になるだけだと諦めていた、そこ。
マヒロから、シオリはもう結婚して幸せになっていると聞いた。
逢ったところでもうどうにも出来ない今になって、変わらずに高く聳え
立つそこに青りんごを届けに行くというこの皮肉さに、ショウタは俯く。
しかしふと腕時計に目を落とすと、時間は2時45分。 配達指定時間は
3時だった。 躊躇いはあったが、もう時間が迫っていた。
心の何処かでは、病院内に入る大義名分が出来たと思わなかったといえば
嘘になる。
たとえ、一目だけでも・・・
シオリの元気な姿を見られたならば・・・
『戻るより、届けたほうが早いよな・・・。』
ぽつりひとりごちると、ショウタは慌ててハーフヘルメットの顎ヒモの
バックルを止め、シオリの病院へ向けて原付きを急発進させた。




