■第18話 一目だけでも 例え、遠くからでも
ミヨコはヒサコに息子ショウタとシオリの話をした。
淡くて胸を締め付けるような歯がゆいふたりの歴史を、大切そうに慈しむ様に。
ふたりのひたむきでまっすぐな想いに、思わず胸が詰まり涙が込み上げ、
前掛けからハンカチを取り出してそっと目頭の雫を押さえるミヨコ。
すると、ヒサコもまた同じように潤んだ目尻を指先で拭った。
『・・・保留になったのよ、婚約・・・。』
ヒサコが話していいものかどうか迷いながら、静かに言葉を紡いだ。
その一言に、ミヨコは目を見張り言葉を失くす。
シオリはもうとっくに従兄弟の彼と結婚して、ショウタの手の届かない所に
いるものと信じて、今の今まで疑いもしなかったのだから。
すると、ヒサコは続けた。
伝える事をどこか憚るように、それは哀しい声色で。
『実はね・・・
ユズル先生の・・・ シーちゃんのお兄さんの意識が戻ったの・・・
だから、今はみんなユズル先生のことに集中してて
シーちゃんの婚約に関しては宙ぶらりんになってるのよ・・・。』
耳に聴こえたその言葉に、ミヨコがパっと明るい表情を作り顔を上げた。
まるですべての問題が解決出来たのではないかという顔をして、身を乗り出す
様にヒサコの二の腕に掴みかかる。
『え・・・
じゃぁ、シオリちゃんは従兄弟の彼と結婚しなくても・・・。』
『そうはいかないのよ・・・。』 哀しげな声を落とし見つめるヒサコ。
『だ、だって・・・
・・・お、お兄さんが大丈夫だったんなら・・・。』
急いた気持ちに追い付かない口が普段滑舌よいミヨコのそれを覚束なくさせる。
それでも尚、ヒサコの二の腕にすがるように強く掴みかかるミヨコを、ヒサコが
やんわり遮った。
『・・・一生、車イスなのよ・・・。』
耳に聴こえたそれに、ミヨコは絶句する。
キツく掴んでいたヒサコの腕から、力が抜けた指先がダラリと垂れる。
なんて神様は残酷なのだろう。
どれだけ色んな人を哀しませば気が済むのだろう。
ヒサコはそれ以上は語らなかったけれど、兄ユズルが一生車イス生活という
事は結局はシオリが病院を守ってゆくことに変わりはないという事を表して
いることなどミヨコに理解できないはずはなかった。
『シオリちゃん・・・。』
シオリの心労を思うと、胸が張り裂けそうになるミヨコ。
無意識にぎゅっと握り締めた藍色の前掛けが、シワになってよれている。
シオリの顔が見たかった。
何もしてあげられないし、何と声を掛けてあげればいいのかも分からない
けれど、どうしてもどうしてもシオリの顔を見たかった。
もうひとりの娘のように思うシオリを、一目だけでも。 例え、遠くからでも。
『ねぇ・・・ ヒサコ・・・
・・・ヒサコの名前、貸してくれない・・・?』
俯いていたミヨコが青りんごをその手に握って、ぽつり呟いた。




