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■第17話 女学校の同級生


 

 

過労により病院で倒れたシオリは、すぐさま入院となりその細い腕からは

数本の点滴の管がつながれた。


元々血管が細いシオリの腕に刺さった針は薄い皮膚を盛り上げ、どうしても

いつも内出血してしまうそれが痛々しさを助長する。

 


青白い顔がつらそうに歪み、目を閉じて眠っているというのに全く楽になって

いるようには見えない。 長いまつ毛がかすかに震え、淡いピンク色のはずの

その唇も渇いて色味を失っていた。

 

 

看護師長のヒサコは、勤務の合間をぬってしばしばシオリの様子を見舞った。


ベッド横の丸イスに腰掛けて心配そうに眉根をひそめる母マチコに小さく

会釈してシオリの傍に近寄ると、そっとシオリのか細い手を握りしめ心の中で

呟いた。

 

 

 

 

 (頑張りすぎだって言ってるじゃない、シーちゃん・・・。)

 

 

 

 

ヒサコはその日の勤務終わり、暫くシオリの傍で心配そうに様子を見守って

いたのだが、後輩看護師に半ば強引に背中を押されるように病室を後にした。

 

 

気分も足取りも重かった。


そのままシオリの病室に張り付いていた方がずっと気は楽だったのだが、

看護師長たるもの立場的にそうはいかない事はヒサコが一番よく分かっていた。

 

 


ふと気付くと、ヒサコの足は何気なく近所の商店街を通っていた。


いつもは別のルートを通って帰宅するので、殆どこの商店街に寄った事は

無かった。 小さいが活気があって賑やかで、魚屋から肉屋から惣菜屋から

威勢の良い掛け声が矢継ぎ早に飛び交う。 

 

 

 

 『奥さん!安くするよ~!』

 

 

 

折角だから買い物でもして帰ろうかと肉屋で足を止ると、今日は牛すね肉が

安いのが目に入った。

 

 

 

 

  (ビーフカレーにでもしようかしら・・・。)

 

 

 

 

それを300g買ってビニール袋を片手に提げ、その次に八百屋へ向かった

ヒサコ。 目指す八百屋の店先からは野太い濁声が響いている。

 

 

 

 『そこの、お姉さんっ!! ウチの野菜、新鮮だよー!!』

 

 

 

そう大声で威勢よく息巻くその人を、ヒサコは一瞬足を止めじっと見つめた。


ほんの少し小首を傾げ、目を細めてまっすぐ。

一歩また一歩と、どんどんその濁声の女店主に近寄る。

 

 

そして、

 

 

 

 『ちょっと!!! あんた・・・ミヨコ???』

 

 

 

せり出た腹に八百安と書かれた藍色の前掛けをするミヨコを、ヒサコは

まじまじと見つめ呟いた。 すると、ミヨコも零れんばかりに目を見開き

パチパチとせわしなく瞬きをして、上げた声は完全に裏返った。

 

 

 

 『え??? もしかして・・・ヒサコ???』

 

 

 

 

 

ミヨコとヒサコは女学校の同級生だった。


互いにサバサバした男っぽい性格で気が合ったふたりは、学校を卒業しても

ずっと仲良くしていたのだが、ヒサコが看護学校へ進学し忙しくなって会う

機会も減ってしまい、気が付けば疎遠になっていた。 

互いに結婚し旧姓ではなくなり、30年以上ぶりに偶然会ったふたりだった。

 

 

店先で時間を忘れ互いの近況を話し合うふたり。


すると、ヒサコがシオリの病院で看護師長をしている事に、ミヨコは腰が抜け

そうな程に驚いた。 突然の事に、心臓はバクバクと早鐘の様に打ち付ける。

 

 

ふと、シオリの事が頭をよぎったミヨコ。 


勿論ヒサコに細かい話などしないけれど、ミヨコはシオリがどうしているのか

気になって仕方なくて、どこか探りを入れるように様子を伺う様に小さく呟く。

 

 

 

 『ウチの上の子がね、


  ホヅミさんトコの娘さんと・・・ 仲良かったのよ・・・。』

 

 

 

すると、ヒサコが仰け反って驚いた。 

ミヨコの先程の驚き具合を納得すると同時に、物寂しそうに眉根をひそめる。

 

 

 

 『シーちゃん、ムリしすぎて体壊しちゃって


  ・・・今、ちょっと療養してるのよ・・・』

 

 

 

ヒサコは思い詰めたように目を伏せ、低いトーンで続ける。


その手に握るビニール袋がヒサコの切ない胸の内を表すかの様に、カサカサと

乾いた音を立てなんだかそれはまるで泣いているように響いた。

 

 

 

 『あの子ね・・・


  いっとき花が咲いたように明るく笑ってたのよ・・・


  当時、凄くいいボーイフレンドがいてね・・・。

 

 

  でも・・・ また笑わなくなったの・・・


  まぁ、色々あって・・・ 今の状況じゃ難しいんだけどね・・・。』

 

 

 

その一言に、ミヨコの胸がぎゅっと締め付けられた。


店先の橙色のミムラスの花びらに指先でチョンと触れ、目を細め微笑んで

いたシオリの、眩しい程にやわらかい笑顔を思い出す。

しゃくり上げ涙で詰まりながら、ショウタの笑ってる顔が大好きだとミヨコに

抱き付いたあの日のシオリを。

 

  

思わず目の前のカゴに積まれたツヤツヤの萌葱色の青りんごをそっと掴んだ。

ミヨコの表情がどんどん翳り、泣き出しそうなそれに変わってゆく。

 

 

 

 

  (シオリちゃん・・・。)

 

 

 

 

すると、ヒサコがその姿をじっと見つめた。


ミヨコが手に包む青りんごに目をやり、そしてミヨコの顔をまっすぐ射る様に

見る。 寂しげで心許ないその表情が、どこかで見たことがあるような気が

してならない。 あれは、確か・・・。

 

 

 

 『ねぇ、ミヨコ・・・

 

 

  アンタのとこの上の子って・・・ 


  ・・・もしかして・・・ 男の子・・・?』

 

 

 

一瞬目を見張りそして涙が滲む目で哀しげに俯いたミヨコに、ヒサコが呟いた。

 

 

 

 『・・・こんな偶然って、あるの・・・?』

 

 

 


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