■第15話 タキの孫娘
シュークリームをこども達に配り終わったユズルが、どこか満足気に日課と
なっている病室巡りをはじめた。
結局シオリが休日に疲れた体で買いに行ってくれたシュークリームは一口も
食べる事なく全てこども達にあげてしまった。
可笑しそうにひとり、頬を緩めて病室が並ぶ廊下へとユズルの車イスは低い
電動音を響かせ進む。
とある、整形外科患者の6人部屋にやってきたユズル。
ユズルの医師時代など知らない短期入院中のその患者たちも、みなすっかり
”ユズル先生 ”と親しげに呼び、ユズルの事故の経緯もすべて噂で聞いて知って
いるようだった。
『タキさ~ん、お加減いかがですか~?』 病室の引き戸を開けたユズルの目に
入ったその人 高齢の小柄な女性タキが、その呼び掛けられた声に振り返り嬉し
そうに頬を緩める。
『ユズル先生! 今日も来てくれたのね~・・・。』
やわらかく目を細め微笑むタキ。
脚をケガしたタキはその脚をかばうように歩行器を使って、ゆっくりゆっくり
ユズルの元へと向かって来た。
元々やわらかい表情のタキが、なんだか今日は増々やさしいそれになっている。
『あれ? タキさん、なんかいいことありました?』 ユズルが小首を傾げて
タキの顔を覗き込むように車イスから見上げる。
すると、タキはパっと明るい表情を向けて言った。
『今日、孫娘が見舞いに来てくれるみたいなの!
・・・是非、先生に会わせたいわぁ・・・
いい歳なのに仕事ばっかりして、色気もなんにも無いのよあの子ったら。』
そう言いながらも孫娘が可愛くて仕方がない様子は、タキが嬉しそうに頬を
高揚させて話す様子ですぐ分かる。
おっとりしたタキがほんの少し早口になっていた。
『ビジンなんですか~?』 ユズルがタキをからかうような声色で目を向けると
『私に似て美人よ!』 とタキが澄まして言った。
『・・・それは愉しみですね~。』
上手に微笑んだユズル。
車イスのレバーを握る手に、その瞬間ぎゅっと嫌な力がこもった。
すると、そんなユズルも午後の検査の時間で看護師から病室に戻るように声が
掛かる。
『じゃぁ、また!』 タキへと軽く手を上げて車イスを回転させるとユズルは
自室へ向けて戻って行った。
人波が廊下をゆくユズルの車イスに気付き、端へ避けてゆく。
再び虚無な目で、ゆっくりゆっくり瞬きをする。
車イスのレバーを握るその手にイライラが表れ、再び力がこもる。
奥歯を強く噛み締めるその力に、頬はわずかに歪んでいた。
(僕に会わせてどうするってゆうんだよ・・・
上から同情の目で見下ろして笑ってくれなくて結構だっての・・・。)
ユズルが長い廊下を車イスで過ぎたその直後、タキの孫娘が見舞いの花を抱えて
病室にやって来ていた。飾らないスニーカーの靴底が廊下の床にキュっと鳴る。
『今、すれ違わなかった? 車イスの先生に・・・。』 祖母タキの言葉に、
『ん?』 と首を傾げたその孫娘。
『車イスの医者なの?』
その問いに、タキは噂話で聞いたユズルの話をした。
穏やかでいつもやわらかく微笑んでいる、下半身不随のユズルの話を。
『へぇ~・・・。』
病室のベッドに行儀悪く腰掛けその長い足を投げ出すように伸ばすと、
ぽつりと呟いた。
『ねぇ、お祖母ちゃん・・・
・・・ずいぶん嘘くさいわね、その人・・・。』
ベッドに後ろ手を付き天井を仰ぐようにまっすぐ見つめると、ショートカットの
毛先が重力に従い小さく揺れてそよいだ。
まだ実際ユズルに会ったこともないタキの孫娘レイが、濁りひとつ無いその目で
呟いた。




