■第14話 聞き取れないくらいの声色で
シオリが目の高さに上げ見せるシュークリームの紙袋に、ユズルは頬を緩め
目を細めてそっと微笑んだ。
『ありがとう、シオリ・・・
・・・せっかくの休みの日なのに、悪いな・・・。』
するとシオリは首を数回横に振って、『別に、ぜんぜん。』と口角を上げる。
車イスのユズルの脚の上にその紙袋を置くと、ひざ掛けが少しずれて筋肉が
すっかり落ちてか細くなった弱々しいズボンの脚が見え、シオリは慌てて
それを隠す。
『ごめんね。』 と申し訳なさそうに小さく呟いた妹の横顔を、一瞬ユズルは鋭い
視線で眇めた。 そして、ゆっくりゆっくり瞬きをすると冷たく目を逸らした。
ユズルへシュークリームを渡した後は、今日は勤務が休みのため自宅へ戻って
行くシオリを正面玄関まで見送ったユズル。 膝の上には紙袋を乗せたままで。
日々の激務で疲れている様子をどうしても隠しきれずにいるシオリの横顔。
表通りで振り返って小さく手を振る妹に、窓ガラス越しに軽く手を上げて返すと
細縁メガネの奥のユズルの目が途端に再び冷めたものに変わった。
電動車イスのレバーをゆっくり倒し、入院患者の病室がある棟へとタイヤの音を
響かせて静かに静かに進むユズル。 もうすっかり有名人のユズルのその姿に、
廊下をゆく人々が声を掛ける。
『ユズル先生!!』 『元気ですか~?!』 『今日もご機嫌ですね~!!』
そっと微笑んで軽く手を上げ、ユズルは丁寧に返事を返す。
廊下の真ん中を進む車イス。 十戒のモーゼの如く海が割れるように潮が引く
ように混雑していたはずの廊下は、ユズルの周りだけその姿を気遣う人々に
よりそっと避けられた。
入院中のこども達がよく集まる賑やかな笑い声溢れる待合室にやって来たユズル。
『あ!ユズルせんせーぇい!!』 タイヤの電動音に、こども達が嬉しそうに
駆け寄って来てユズルを取り囲む。 車イスに腰掛けた状態のユズルより背が
高くなり目線が上のこども達がその小さな手を伸ばして、ユズルの腕に肩に
タッチする。
ひとりのヤンチャな男の子が近付いてきた。 そして決して怒らないやさしい
ユズルの頭をポンポンと、こどもをあやすようにからかって叩いた。
『・・・・・・・。』
その瞬間、男児がビクっと身が竦むように体を強張らせた。
少し後退りして自分の病室に慌てて駆けて戻ってゆく。 その小さな背中を
ユズルはじっと見つめる。
至極冷酷な目でこどもを睨んだ。
ユズルが氷の様に冷たく向けたその目線だけで、こどもには充分すぎる程に恐怖
だったし、大好きな ”ユズル先生 ”のそんな意外な一面がどうしようもなく
悲しかったのだろう。 泣きそうな顔を向け男児の小さな背中が更に小さくなった。
瞬時にまるで好々爺の仮面をかぶったような穏やかな顔に戻すと、ユズルは膝の
上の紙袋からシュークリームの箱を取り出してこども達に見せた。
『うわぁ~・・・!』 目をキラキラさせて箱にびっしり詰まったそれを羨ま
しそうに見つめる幼い目。
『仲良く一個ずつ食べるんだよ~。』 ユズルが掛けた声に、一斉に小さい手が
伸びる。
我先にと必死にシュークリームを掴むその様子に、ユズルはケラケラ笑う。
それを見守る看護師も、にこにこと嬉しそうに目を細めていた。
ひとりの女の子が心配そうに言う。
ユズルの腕のあたりの入院着を小さなその手でぎゅっと掴んで、揺らすように
しながら。
『ユズル先生の分がなくなっちゃうよ?』
すると、メガネの奥の細めていた目が分かり易く色を失い、虚しいだけのそれに
なる。
そして小さく小さく誰も聞き取れないくらいの声色で言った。
『食べたくもない、こんなもの・・・。』




