■第13話 現れた破天荒な女神
シオリはシュークリームの箱が入った紙袋を手に、病院へ向けてトボトボと
歩いていた。
俯いた顔に黒髪の毛先が頬にかかり、物憂う歩くリズムに小さく揺れる。
無意識のうちに踵を擦って歩いているようで、アスファルトにそれが引き摺ら
れる耳障りな音を立てているというのに、それに気付かない程ぼんやりと
しかしどこか思い詰めた面持ちだった。
歩いても歩いても、足が前に進んでいる気がしない。
同じところをいつまでもグルグルと回っているような感覚だった。
マヒロが言った ”ショウタ ”という呼び名がグルグルと頭を巡っていた。
(・・・付き合ってる・・・の、かな・・・。)
あの頃は苗字呼びだったそれが、下の名前で親しそうに呼び慣れた感じで
発せられていた。
苗字から下の名前を呼ぶようになった過程を、考えたくなどないのに考えて
しまう。
そればかり、考えてしまう。
シオリだってショウタには幸せになってほしかった。
いつまでもいつまでも高校生の時の気持ちのままでいるはずなどない。
ちゃんと明るく前を向いていてほしい。笑っていてほしい。幸せでいてほしい。
でも、心のどこかではショウタは変わらずにあの頃のままでいてくれるような
そんな身勝手で自己中心的な想いが無かったと言えば嘘になる。
やっと病院までもう少しという所で、シオリは立ち止まった。
そして、首元に手をやる。
白く細い指先で首に掛けたそれを引っ張り出し、小さなペンダントヘッドを
ぎゅっと握り締めた。
小さな小さな、それ。
シオリの青い誕生石がはめ込まれた、まるでおもちゃのようなベビーリング。
”一生幸せになって欲しい ”という願いが込められた、高校の卒業式にショウタ
から贈られた最後のプレゼントのそれ。
シオリはそれを鎖に通して大切に大切に片時も離さずに首から下げていた。
(コレ・・・ もう、はずさなきゃダメなのかな・・・。)
シオリの手に包まれるあまりに小さくて心許ないベビーリングが弱々しく震える。
(もういい加減・・・はずした方が・・・いいの・・・?)
思わずその場にしゃがみ込んで、唇を噛み締め涙を堪えたシオリ。
卒業式のあの日、最後の最後にショウタが朗らかに微笑んだ顔を思い出していた。
(ヤスムラ君・・・・・・・・・・。)
すると、その細い背中にほのかなぬくもりを感じた。
ふと顔を上げ涙で滲む視線を向けると、そこにはショートカットの女性が
シオリの背中に手を当て体を屈め心配そうに覗き込んでいる。
その片手はハンカチを差し出して。
『ねぇ、アナタ・・・ ダイジョーブ? 具合悪いの??』
見上げる瞳でひとつ瞬きをした瞬間、シオリから大粒の涙がこぼれ落ちた。
その女性はそっとシオリの隣にしゃがみ込み、有無を言わず涙が伝うツヤツヤの
頬をハンカチで軽く押さえると小さく微笑んで言った。
『具合悪いのは ”体 ”じゃなくて、”心 ” みたいね。』
思わず初対面の誰かも分からないその目の前の女性に、シオリは泣き付いて
しまいそうになる。
なにもかも洗いざらいひたすら隠し続ける本音を話して、楽になりたい。
ショウタが今でも好きで好きで仕方がないと、逢いたくて逢いたくて堪らないと。
そして、誰にも取られたくない、自分以外の誰かと幸せになんかならないでほしいと。
途方に暮れ助けを求めるような視線を向けるシオリに、女性は言った。
『そんなに大切なものなら、そのまま大切に持ってていいんじゃない?』
ベビーリングを握りしめるシオリの震える手を、その女性はキレイに爪を切り
揃えた細い指先でトントンと小さくノックして、太陽みたいにあたたかい目を
向ける。
その声色はなんだかストレートにシオリの胸に飛び込んで来た。
まっすぐで嘘がない、この世に顔を出したばかりの眩しい朝陽のように。
広い広い夜空を切り裂いて、自由に流れ煌めく彗星のように。
突如目の前に現れたその女性、破天荒な女神レイがみんなの未来を変えてゆく
事にこの時はまだ誰も気が付けないでいた。




