私の両親
今回はちょっと短いです
電車の中で揺られながら軽い食事をとっています。
もうあたりは暗くなりかけて夕日が綺麗に見えます。
先生の手配のおかげで乗り継ぎも上手く行って最短とも思える時間で到着できそうですが、いかんせん出発時間が遅かったので、到着は夜になりそうです。
私の母はあまり体が丈夫ではないので、よく病気をしてましたが、さすがに危篤などということは今までありませんでした。どのような状況なのか、全くわからないそうです。
そうなるとやはり心配になります。両親とは喧嘩別れに近い離別でしたが、もちろん憎いわけでも嫌いなわけでもありません、父は一流の料理人として尊敬できる人ですし、母も良妻賢母であり、目標にするに足る人物なのです。
ただ、どちらも私を理解できなかっただけなのですから。
父は外見的にはプロレスラーとでもいいましょうか?普通の人より一回り大きく、腕や足などちょっとした寺社仏閣の梁くらいあります{言いすぎですね、でも丸太くらいはありますよ}とても逞しいのです。そんな父ですが実は凄く子煩悩なのです。小さな子供などが店にくるととても喜び、赤ちゃんなどだと”でれっ” とした顔であやしたりしてます。
往々にしてその外見から怖がれてとても寂しそうにしてましたが、懲りることはありませんでしたね。
そんな父なので私が生まれたときは、それは言葉では言い表せられない状況だったと母によく聞きました。
母が二人目を身ごもったときも、とても楽しみにして幸せそうだったそうです。
しかし、私に弟も妹もいません、母が二人目を流産してしまい、そのまま子供を生めない体になってしまったことに深い悲しみと落胆を隠せなかったそうです。
そのため私の子供に期待したのはしかたないことでしょう。でも、私はその時既に病気? になってました。
”性同一性障害” 私の意識や気持ちや心は女なのですが、からだは男というものです。
現代でも、魔法と医療を組み合わせてもそれを治すことはできません。外見的に女性化することはかなりのところまで可能ですが、生殖は叶わないのです。
父も母もそれは受け入れられないものだったのも理解できますが、どうしても私には受け入れ難かったのです。半ば洗脳とも思われるような教育という名の指導を受けましたがそれも無駄でした。
表面的には沈静化したのですが、学校の男子が第二次成長期になって男らしくなっていくのを見て、私は体の男性化に恐怖し、拒食症を発症してしまいました、あと数ヶ月放置してたら今の私はいないでしょう。両親が寮母さんに食事の事を厳しく言っていたのもそのためです。
その時両親は私の事を諦め、性転換に合意、体の男性化を薬で抑えるという治療を行うことで餓死の危機を避けることができました。でも、実際はやはり諦めきれないのでしょうね、私の金城入学を最後まで反対していたのです。
金城学園は大学内で医療、特に整形外科に力を入れており、性転換などの分野でもトップパイオニアとして君臨しています。そして患者となる人を生駒寮に入れて16歳まで検診や計測などの下調査を寮母さん{実際はその道の医者でもあります}が行っているのです。
現代の日本の法律では、16歳まで性転換手術は受けられません、それまでに意識改革できれば。という猶予期間として設けられているのですが、私にしてみれば無駄な時間でしかありません。
両親は最後の頼みとしてなのでしょうか? 私に性転換の費用を自分で捻出することを条件としました。不可能な金額ではなかったので私はそれを了承して今に至っているのです。
橘くんに休暇を届けていませんでしたね、急なことなので致し方ないのですが、なんとなく罪悪感を感じます。川本さんにも迷惑をかけてしまいました。急いで準備をしなくてはいけなかったので、寮まで付き添ってもらい、こまごまと手伝わせてしまいました。元々荷物が少ないので、実家に戻るくらい持っていく荷物も少ないのですが、旅行鞄などなかったのでこれも借りてます。
もう少しで最後の経由駅です、本当ならひとつ前の駅の方が近いのですが、急行は停まらないのでしかたありません。すでに時刻は9時をまわっています。もう駅前の人通りもまばらになってるのでしょうね。
電車の扉が開きました。晴れてはいませんが雨も降っていません、抱えられるような鞄ではないので濡れずに済むのはありがたいです。駅前は私が入学したときと変わっていません、あたりまえです。まだ2ヶ月しか経ってません。ロータリーに停まっていた一台のトラックがライトを点滅させています。父でした。
父の車は大きいです、国産車では窮屈なのだそうです。でも、私や母は乗り込むのが結構大変です。小さい頃は父に抱かれて乗るのが好きでしたが、さすがに今はそんなことしてくれません。
なんだか手の届く位置に乗るのが怖くて、後ろの助手席側に乗り込みました。
「ただいま戻りました。」
返事はありませんが、そのまま車は動き出します。車なら5分程度で家に着きますが、どうもどこかに寄るようです。病院ではもう面会できる時間ではないはずですが・・・。
やはり病院でした、どうも病院側に何か手を打っていたのでしょう、本当なら入れないと思うのですが母の元に。でも会えませんでした、いえ、顔は見えたのですが、ガラス越しでしかもマスクを付けてます。
「どのような状況なのでしょう?」
「心労で内臓が弱っていたそうだ。」
父が短く説明してくれます。
「大丈夫なんですよね?」
「しばらくは無理だろうな。」
父にそのつもりはないのでしょうが、私には責められているとしか聞こえません。わかっています、その心労の原因が私だということも「おかあさん、ごめんなさい。」心の中でそう呟きます。
「帰るぞ。」
時間外に会わせていただいたのです、長居はできません。でも後ろ髪引かれる思いです。
父は元々あまりしゃべらない人なので、帰りの車でも会話はありません。
しかし、今日は家の近くまできたところで父が口を開きます。
「目処は立ったのか?」
当然手術費用のことです。反対こそしませんが賛成はしてないので、目処が立たなければいいと思っているのでしょうね。
「手付けまでの目処は立ちました、今のバイトが期間限定なので、全額まではまだですが。」
「どんなバイトだ?」
「家政婦のバイトです、幸い料理は人並みにできますので。」
「そうか・・・。」
再び無言となった車が家に着きました。私の持ってきた荷物は父が持ってくれました。本来下についたタイヤで軽々と移動できるようになってるのですが、父が持つとタイヤは地面についていません。
家も私が出たときと同じです、それどころか私の部屋も変わっていませんでした。母が掃除はしていたそうですが、置いてある物の位置は全く同じでした。
自分の家ではありますが、母がいないだけでまるでよその家にいるようです。なんとも言えない寂しさが私を包んでいるのがわかります。
「風呂は沸いてるから、入れよ。」
振り返るとすでにそこに父はいません。本当に口数が少ない・・・。
私はお風呂があまり好きではありません、どうしても自分の体を見てしまうからです。その違和感といったら、恐らくこの症状の人以外には理解できないでしょうね。
私は旅慣れてるわけではないので、夕方からの移動でもかなり疲れていました。お風呂から出ると何もすることなく寝てしまいました。
次の日、起きたのは8時過ぎてました。久しぶりの寝坊です。
昨夜は暗い中を車で移動したので、病院がどこだったか確認してませんでした。父に聞こうと厨房に行ってみましたが、いません。この時間なら父は今日の仕込みをしているはずなのですが。それに弟子の人もいないのです。
事務所に行ってみると弟子の方々が懸命に電話をしてます。でもここにも父はいません。「まさか客室?」父はお客さんに呼ばれたとき以外、客室には行きませんが、他に行くところも思いつかないのでとりあえず行ってみます。いました。
「お父さん、今日はお客さん来ないの?」
「あぁ。」
父の料理は結構有名で、中々予約すら取れないのです。恐らくは半年先くらいまで予約でいっぱいのはずなのですが・・・。
「お母さんの病院って・・・。」
「行っても昨日と同じだ。それよりおまえは兄弟子たちのやってることを見て覚えろ。」
「え?」
「あいつらは明日から”ささめ” に行ってもらうからな、おまえが替わりにやるんだ。」
ささめというのは父の好敵手のお店です。そこも有名でやっぱりうちと同じく予約すら取れない人気店です。そこに自分の弟子を行かせるとはどうゆうことでしょう?
聞いても答えてくれないだろうと思い、再び事務所に行って弟子の人が何をしているのか観察してみます。
「はい、申し訳ございません。・・・・はい。えぇ、それは是非。・・・はい、お待ちいたしております。」
父が一番腕がいいと褒めていた弟子の八坂さんがちょうど電話を切りました。
「八坂さん、一体何をしてるのですか?」
「あ、ぼっち・・・お嬢さん、予約の断りの電話をしてるんですよ。」
そこ、言い直さなくていいから・・・・て、えぇ?!
「お客さんの予約を断っているのですか?」
「はい。」
私はすぐに父の元に戻りました。
「お父さん! お客さんを断るって・・・まさかお店閉めちゃうの?」
「今俺が料理できるかどうかくらいわかるだろ。」
・・・そうでした・・・父は私と同じ・・・いえ、私が父を真似ているのですが、料理の味付けは勘なのです。何を何グラム。のようなレシピはありません。なので心理的な要因で簡単に料理できなくなってしまうのです。母が入院したというのは、父にしてみれば料理に手が付けられないほどの事なのでしょう。
逆にそれほどの事がない限りそんな心理状態にならないよう気を張っているのです。寡黙になるのも仕方ないのですが・・・。
もし母が病院から帰ってこなければ、そのままお店を閉める。そう言うことなのですね。そして母はそれほど予断を許さない状況なのですね・・・。
胸が締め付けられているようです。泣きたいのに涙が出ません。いえ、出してはいけないのです。
私も覚悟を決めないといけないのかもしれません。それ以上父に何も言えず、私は再び事務所に向かいました。弟子の人達の対応の仕方を覚えるために・・・。
次の日から私は予約を入れてくれていたお客さんに断りの電話をしていました。
怒る人、同情する人、励ましてくれる人。さまざまでしたが多分そつなくこなせたと思います。
弟子の人たちもがんばってくれたのでしょう、3ヶ月分までは終わっていたのですが、まだ半年分も残っていました。9ヶ月先まで予約されてたのですね・・・。
もう断りの電話をし続けて一週間経ってます。それでもまだ3ヶ月分あるのです。これが無駄な作業であって欲しい、そう思いながら予約帳の次の相手を見ました。橘雄一郎、橘コンツェルン会長。
「これって、橘くんのお父さん? あ、会長ならおじいさんかな?」
「知り合いでもいたか?」
びっくりしました。いつの間にかお父さんが横に来てます。
「私の雇い主の親族だと思ったのです。」
「ほう・・・・・あぁ、橘のじいさいんか、よく孫も連れてきてたな。」
「え? 橘くんきてたんですか?」
「橘くん?・・・あそこの孫なら女の子しかいなかったぞ。」
「あ、じゃあ人違いですね。」
「そそっかしいやつめ。」
そう言って隣に座り、父も電話を始めました。やっと何かが出来るようにまでは気持ちも落ち着いてきたのでしょう。
その夜、病院から電話があり、私達は車で病院に向かいました。母の意識が戻ったそうなのです。なのに父はあまり嬉しそうにしていません。母の病室に案内され、母がベッドで上半身を起こしてこちらを見たとき、私は思わず駆け寄り抱きついて泣いてしまいました。
私が泣き止んで少し落ち着いたとき、父が飲み物を買ってきてくれといい、私は病室の外に出たのです。ナースセンターに行って自販機の場所を聞こうとしたとき、看護士の話が聞こえてきました。
「葵さん、もうお仕事なんてできないでしょうね。」
「内臓の3割くらいが機能してないんでしょ? 無理無理。家事でも重労働よ。」
「えぇ?元々家事って重労働よ。」
「それもそうか。」
聞いてはいけなかったのでしょうか?いえ、聞けたのはよかったのかもしれません。私はそこまで母を苦しめていたのでしょうか?どうすれば母は私を許してくれるのでしょう?性転換を諦めれば・・・。
色々な事が頭でまわっています。切り替えたいのですが、それは逃げることです。そしてこれは逃げてはいけない問題なのではないでしょうか?
私は決心して、看護士さんに話を聞きました。
病室に戻り、父にペットボトルの水を渡しなが言います。
「私今日はおかあさんの付き添いする。」
「何を言ってる。」「いいわよ。」
父が驚いて母を見てますが、やがて何かを悟ったように頷き。
「わかった、それじゃ明日迎えにくる。」
と病室を出て行きました。
看護士さんによると、昨日までの集中管理病室ではダメだけど、今日は普通の病室なので大丈夫。と確認がとれていたのです。私はなんの準備もしていませんが、一晩くらいこのままでも平気です。
付き添い用の小さなベッドを借り、そこで横になって休みます。
暗い病室。母もベッドで横になってますが、寝てないと思います。
「おかあさん。」
「なに?」
「私、性転換やめる。」
「おかあさんのためだったらダメ。」
「え?」
「私はね、あなたの母親なのよ。」
「うん。」
「母親は子供の幸せが一番の望みなの、あなたはその姿では幸せになれないのでしょう?」
「でも、子供も生ませない、生めない体になっちゃうのよ。」
「それはしかたないわ、私だって子供も生めない体なのよ。」
「でも。」
「渚。私の病気はあなたのせいじゃないし、あなたは何も悪くないのよ・・・いえ、悪いのは私なの、あなたが女の子だったのに、男の体で産んでしまった。これはその罰なのよ。」
「違う! おかあさんは悪くない!」
私はまた泣いてしまいました。母はそんな風に自分を責めてたなんて思いもしなかった。
「誰も悪いなんてことない! 悪い人なんていない・・・。」
「そうね、でもね、私はやっぱりあなたが本当の幸せを手に入れて欲しい。そのためになら体を変える事だって全然反対なんかしない。」
「でも、それは私の我侭なんだ。」
「渚、我侭っていうのはね、我がまま。って言うの。自分のままって意味なのよ。幸せなんて人によって違うわ、私達の押し付けた幸せじゃなくて、あなたの幸せを見つけなさい。」
「・・・・・・・・・うん・・・・。」
外は雨が降っていた。
それから2日後、母は退院してきた、母は家に帰るなり私に学校に戻るように言ってきた。父の前だからか? 口数は少なかったが、あの病室の話があったので私には理解できた。
まだ母が心配ではあったが、半ば追い出すようにされて私は学園都市の駅に立った。
「晴れると蒸し暑いです。」
ちょっと愚痴りながら寮へと歩きだす。今からなら夕食の準備には間に合いそうですね。
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