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第一章-2

 意識を失った父親をソファに寝かせ、僕とメイムと母と妹は食卓へと着いた。テーブルの上には、僕達を歓迎する為であろう料理達が並んでいる。僕の隣にメイムが座り、対面に母と妹が座る。あぁ~、いつまでもかしこまった言い方は必要ないか。母さんと馬鹿な妹、でいいや。で、父さんが座るはずだった上座は当たり前だけど空席になっていた。

 ソファで何事かを呻いている父さんはさて置いて、まずは母さんを何とかしようと思う。僕は対面に座る母さんを見た。

 その瞬間、『ギン』とでも聞こえてきそうな程の圧を感じた。もちろん母親の眼力である。別に母親が特殊能力を持っている訳ではないのだが……そう、ただ単純に物凄い勢いで睨んできているだけだ。

 僕より二十四歳年上の母さんなんだけど、父さんがこんな家庭なものだから、比較的というか、どこの家庭よりも母さんはしっかりとしている。実年齢よりも若く見られる事が多く、なんというか、アグレッシブな母親だ。ちなみに名前は美乃。ミノムシというと本気で怒られる。


「で、冗談では無いって事ね」


 睨みを利かせたまま母さんが言う。思わず仰け反りたくなるが、ここは我慢だ。これぐらいの障害で後退している様じゃ、僕達の先は長くない。ちらりとメイムを伺い見てみる。余り母親のイメージを悪くして欲しくないのだが……


「ゎぁ……」


 メイムは料理を見て目を輝かせていた。それを見て、僕の涙腺が緩みかける。が、必死に堪えた。泣いている場合じゃない。泣いて良い立場でもない。泣くにはまだ早い。


「冗談、じゃないよ。本気の本気でメイムは僕の彼女だ。そして、結婚を前程に付き合ってる。というか、結婚する。結婚する為に帰ってきた。これも冗談じゃなくて、本気だよ」


 僕は母さんに面と向かって言った。母さんはジックリと僕を見てくる。やはり思わず逃げ出したくなる様な眼光だ。だが、僕は耐える。睨み返す訳ではないが、僕はしっかりと母さんの目を見た。


「ねぇ早く食べようよ。お姉ちゃんも待ってるよ?」


 そんな僕達を見てか、妹が声をかけてくる。妹……雪夜とは年齢が六年離れており、現在は十三歳。その割に幼く見えてしまうのはツーテールの髪型のせいか、それとも空気の読めなさのせいか。まぁ、雪夜のお陰で母さんの鷹の様な視線が反れたので在り難い。あとで頭を撫でてやろう。


「お、お姉ちゃん?」


 メイムがちょっと困った様な自分を指差した。


「うん、メイム姉ちゃん。お兄ちゃんと結婚するんだったら、私のお姉ちゃんになるんだし。ほんとは年上のお姉ちゃんが欲しかったんだけど、別に年下でもお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだし、変わらないよね」


 雪夜はケラケラと笑った。相変わらず馬鹿な妹だと思う。あとで頭を撫でるのは止めにしよう。


「まぁ、色んな話は後にして食べようよ。ほら、母さん」

「……はぁ~。いいわ、食べましょう」


 わ~い、と雪夜がはしゃぎ、箸を取る。そのまま唐揚げをパクリと食べると満面の笑みを浮かべた。そんな雪夜を見て、メイムもおずおずと箸を取る。


「遠慮しなくていいぞ」

「あ、うん」


 メイムは僕を見て、嬉しそうに唐揚げを小皿に取り分けた。


「ねぇねぇ、メイム姉ちゃん。メイムってどんな漢字なの?」


 雪夜の質問に、僕の動きが止まる。できれば、まだして欲しくなかった質問だ。だけど、聞いてしまったものは仕方がない。

 メイムは何でもない様に、その答えを雪夜に言う。


「名前の『名』に、何にも無いの『無』で、メイムです」


 その答えに、さすがの妹も箸を止めてしまった。ただ笑顔を貼り付けたまま、へぇ~、と曖昧な感想を言葉にする。まぁ、それが人間らしい反応だろう。

 名無し、なんていう名前を付けられた人間を目の前にしては、誰だってこんな反応になってしまう。僕だってそうだった。聞いたところでどうしようもない。対処のしようがない。すでに終わってしまった失敗を聞かされて、これからどうしたらいいと質問される様なものだ。

 母さんは、何も言わず黙っていた。少しは状況を察してくれたのだろうか、それとも疑念が深くなってしまったのか。それは分からないけど、口を挟む事なくサラダを小皿に取り分けている。

 メイムはメイムで、そんな状況とはお構いなしに、お箸で唐揚げを持ち上げてキラキラとした目で見ている。唐揚げ自体はメイムに取って珍しい物ではない。だけど、これはただの唐揚げじゃない事は知っている。メイムに取って、生涯初めてになる修飾子がこの唐揚げに付く。

 メイムはパクリと唐揚げを食べると、嬉しそうに噛んでいく。

 しばらく咀嚼した後、メイムはポロポロと涙を零した。笑顔のまま彼女は泣く。嗚咽はあげず、ただただ嬉しそうに涙を流していった。


「め、メイム姉ちゃんどうしたの? そんなに美味しいの?」

「う、うん、うん。凄く美味しいです。これがお母さんの料理なんですね」


 雪夜はハテナマークを浮かべるが、母さんはメイムの言葉で多少の状況を理解したらしい。レタスを頬張りながら、再び僕を睨んできた。


「今すぐ説明しなさい」

「……分かったよ。食べながらでもいいかい?」


 行儀は悪いが、仕方がない。母さんと雪夜は頷く。メイムはまだ涙を流しながら唐揚げを食べている。


「え~っと、どこから話そうか」


 僕は思い出しながら、話す事にした。

 僕とメイムが出会ってから付き合い始めるまでの、ちょっとした長い物語を。


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