1:意思表示
どうやら、親というのは面倒な生き物らしい。
ある家庭のある親は子を必要以上に溺愛していると思い込んで「心配」という言葉で子の行動・心理を理解したがる。そういう生き物なので内気な子は成長しない。いやはや、内気というのは今付け加えた。
内気な子は内に全部溜め込んで、吐きだすときには一気に吐き出す。
それはあまりに醜く、見ていて「ガキ」でしかないである。
だが、弁護する気は多少はあってやろう。
つまりだ、その子はただ単に束縛されているだけだ。前に進めない臆病で可哀想な子なのである。
反論として、上記から引用する。
そいつはただの「ガキ」だ。
過剰な同情も、自由な未来も与えてやろう。
だが、それで本当にその子が救われたのなら、その子は真の意味で救われたことにはならないし、「救いたい」と思うのは軽い同情と同義だ。俺なら憐れまれて誰かに現状を変えてもらうより、どうしようもない理不尽で過酷な現状を自分で何とかする。自分だけで無理なら、全て利用すればいい。
友達、恋人、親、親戚、教師、なんだっていい。
人をうまく使って”他人に迷惑をかけない”をモットーに自分なりにやればいいさ。
なんたって、子供のころに見てきた理想は、もうないのだ。大人になるにつれ、夢や理想を語る奴は笑われ馬鹿にされる。そんなの無理だと、無謀だと、前提から否定されてしまい、前に進むことを阻まれる。
そんな世界は、くだらない。
くだらない人生など、適当に生きていればそれでいい。
酒と女と金、たまに見たこともない異文化や絶景に触れて「わー、すごい」「わー、きれい」と楽しんでいれば人生はくだらないことはないかもしれない。
しかし、俺は他人にどう言われようと、自分のしたいことをしてやるさ。