↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

『恋愛・結婚』

『となりにいる人』

作者: ミオ
掲載日:2026/09/17

彼のウォッチには、人物写真が一枚だけ入っていた。


彼の娘が撮った、元両親のツーショット。


彼はカメラから目線をそらしている、隣の女は娘をみて、おどけている。


私がそれを偶然見つけたのは、私たちの結婚を決めるずっと前だった。


「そんなに大事な元家族で元嫁なら、より道なんかしてないで、戻れる努力したら?」


そう言った私に、


彼は焦りながら、


「この写真があるの、知らなかった。俺はやってない。


なんであるのかわからない。


娘が撮った写真だけど、俺は入れてない。


知らなかった」


彼が私にそう言った後、その写真は見かけなくなった。


私はそれ以上、何も言わなかった。



私と出会った頃から、


彼は毎日、そのウォッチをつけていた。


仕事の日も。


休日も。


私と会う日も。


彼が私にプロポーズした日も。


私がそれを偶然見るまで。


その元夫婦のツーショットだけが、ウォッチの中にあった。


いつも彼の1番身近にある人物写真として。



そして、彼の財布の奥には映画のチケットがあった。


二枚。


私と行ったものではなかった。


別の女と行った映画。


彼は言った。


「とってあると思わなかった、捨てたと思ってた。忘れてた」


その言葉を聞いたとき、私は思った。


――終わったことなのに、どうしてまだ財布に入っていたんだろう。


――その時、とっておきたいと思ったから財布にしまったんだよね?

捨ててないのは、捨てたくなかったからだよね?




彼はいつも、私を愛していると言っていた。


何度も何度も。


「俺が愛してるのは、お前だけ」


その言葉を、私は信じたかった。


信じれば、過去は過去になると思っていた。



そうして、私たちは結婚した。


結婚してからも、彼は私に言った。


「愛してる」


喧嘩をしたあとも。


仲直りしたあとも。


出かける前も。


眠る前にも。


私はある日、聞いた。


「ねえ」


「ん?」


「あなたにとって、愛してるって何?」


彼は少し考えてから笑った。


「好きってことじゃない?」


「じゃあ、昔の人にたちにも?」


彼の顔から笑顔が消えた。


「……昔は昔だろ」


「でも、そのときはその人を愛してたんでしょ?」


答えはなかった。


私はウォッチを見た。


昔の写真が、まだそこにあるような気がした。


財布の中の映画のチケットも。


まだある気がした。


彼が今、私を愛していることを否定したいわけじゃない。


私も彼を愛している。


けれど彼は、


その時々で、


隣にいる人を、


必要としてくれる人を、


自分の心を満たしてくれる人を、


その瞬間は本気で、愛しているのだろう。


だからこそ、怖かった。


「私だけを愛してる」


その言葉が、特別なものには聞こえない。


昔の女にも。


その前の女にも。


そして今、私にも。


同じ言葉を使えるなら。


それは私だけに与えられたものではないのだから。



ある夜、彼が言う。


「俺はお前を失いたくない」


私は黙って彼を見た。


その顔には、本気で怯えている色があった。


きっと本当に怖いのだろう。


私を失うことが。


でも私は、思った。



――失いたくないと思うことと、


――その人を大切にし続けることは、同じじゃない。



「ねえ」


「何?」


「私は、隣にいるから愛されたいんじゃない」


彼が黙った。


「私だから選ばれていたい」


静かな部屋だった。


時計の秒針だけが聞こえていた。


彼は何も言わなかった。


いつもの「愛してる」も、出てこなかった。


その夜、私は初めて安心した。


言葉がなかったからではない。


言葉で埋めなくてもいい時間が、初めてそこにあったからだ。


愛しているなら。


明日もそう言えばいい。


一年後も。


十年後も。


そして、その言葉に見合う行動をし続ければいい。


誰かに隣にいてほしいからや、隣にいるから、だけじゃない。


その人を、その人だから、選び続ける。


「愛してる」という言葉だけを愛だとは思わない。


隣にいる人を、相手が変わるたび、当然のように愛していると言う人が、


ずっと隣にいて欲しい人を、自分の意思で、日々、選び続けられるのか?


それができるか?は、もう、彼自身の課題だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。