辺境騎士団 瀕死の俺が最後に見たのは、皆で笑う未来だった。
エダルは腹に激痛を感じて吹っ飛ばされた。地に叩きつけられる。
背に激痛が走る。腹も痛いっ。
痛い痛い痛い…。やはり俺は魔物に殺される運命だったんだ……
悲しかった。悔しかった。もっともっと生きたかった。
でも、公爵家の落ちこぼれで、ヴォルフレッド騎士団に来たエダルにとって、
ここで死ぬのは当然だと思えた。
寒い。あたりが暗く感じる。
アラフの声か?マルクの声か?それとも…ゴルディルか?
あいつらは信頼できる仲間達だ。
霞んでいく意識の中で、ぼんやりと前日、話した会話を思い出した。
食堂でマルクがニコニコしながら、
「なぁエダル。俺、今は無理だけど、いずれマディニア王国に土地を買って家を建てて、オルディウスと暮らしたいんだ」
「はいはい。何回、聞かせるんだ。聞き飽きたぞ」
触手を操るマルクはエダルと仲がいい辺境騎士団員だ。
アクセサリー職人になりたいんだとか、情報部の貴公子オルディウスと結婚して家を建てて住みたいんだと、バカみたいなことばかり言っている。
金はどうするんだ?この間、だまし取られそうになったばかりだろう。
時々、こいつの純粋さがイライラする。
俺なんて、夢も希望もない。
いずれ、身体が衰えて魔物に殺されるか、騎士団で下働きで使ってくれと頼み込むか。
今日はイライラしていた。
明日、魔物討伐に出かけるからか、イライラする。
魔物討伐はやりがいがあるが、危険と隣り合わせだ。
聖女教会から聖女を借りて、連れて行くのが我がヴォルフレッド騎士団のやり方だ。
何かあった時、聖女がいると回復魔法が使える。
大抵、アシェリーナという戦闘系聖女が共に行ってくれて、怪我をした騎士団員を回復させてくれた。
魔物討伐は楽しいが、怖い。牙を剥いて襲い掛かって来る魔物を剣で斬り殺す。
いままでしくじった事はないし、大抵、四天王であるアラフ、ゴルディル、マルク、そしてエダルは第一隊のガイディス隊長達20名と行動を共にしているので、頼りになり、まだ危険が少ない方だ。
剣を取り出し、念入りにチェックをする。
歯こぼれはないか?明日のギルドからの依頼は魔狼の群れ20頭だ。
24名で取りかかれば、なんてことはない仕事のはずだ。
アラフとゴルディルが、夕食をトレーに乗せて、エダルとマルクの傍に座った。
マルクがにこにこしながら、
「なぁ、俺、お前達と離れたくないんだ。ここで身体が動かなくなったらさ。俺の家に来いよ。ま、まだ無いけど。俺、アクセサリー職人として成功して絶対に家を建てる。その時、お前らと一緒に暮らしたい」
アラフが目を見開いて、
「なんだ?俺達を受け入れてくれるのか?オルディウスに悪いだろ」
マルクはハァと息を吐いて、
「オルディウスは俺と結婚してくれないだろう。でも、お前らは俺と一緒に暮らしてくれるよな。お前達が一緒にいたら楽しいと思うんだ。俺、もう少し、腕を磨いたらここを辞めてソナルデ商会に就職するよ。お前達がここで働くのが疲れたら、いつでも来いよ。ちゃんと受け入れてやるからさ」
ゴルディルがハハハと笑って、マルクの髪をわしゃわしゃと撫でながら、
「いい事いうぜ。マルク。俺はアラフが行くんだったら行く。お前と一緒に暮らしてやる」
アラフが肩をすくめて、
「なんだ。お前、俺が行くんだったら行くのか?相変わらずだな。ゴルディル」
「お前、一人にしておけねぇからな。腐れ縁だと思って諦めろ」
エダルはアラフとゴルディルを見て、
(こいつらいいコンビだよな。だけど…本当にここを辞めたら、マルクの所へ行っていいのか?)
マルクに聞いてみた。
「いいのか?俺なんかが一緒に暮らして」
マルクは背中から触手をウネウネさせて、
「って、今だって部屋は同部屋じゃん。エダルがいないと寂しいよ」
「マルク‥‥‥」
「だけど、アクセサリー職人として成功しなかったら、家を建てられなかったらごめん」
ゴルディルが立ち上がって、
「金なら協力するぞ。今から貯金するっ」
アラフが慌てて、
「お前、俺に財布預ける程、金銭感覚ないよな」
「だから、アラフ。預けた分から将来のマイホーム貯金をしておいてくれ」
マルクが大喜びして、
「やった。協力してくれるの?ゴルディル」
アラフが呆れたように、
「ゴルディルは酒と食い物に使っちまうから、金、いつも残らないぞ。俺に管理しろって財布を渡されているけどさ」
四人の傍に、オルディウスが夕食のトレーを持ちながら、腰かけた。
「絵にかいた餅って訳だな」
マルクが触手を喜びで舞わせながら、
「オルディウス。珍しいね。一緒に食事なんて」
「たまには、食堂で食事も良いだろう」
優雅にパンをちぎり、口に運ぶオルディウス。
四人に向かって、
「協力してやってもいいぞ。マディニア王国に建てる家」
皆が驚く。
マルクが目を輝かせて、
「それって俺と結婚っ???」
オルディウスははっきりと、
「結婚するなんて言っていない。ただ、マディニア王国に、俺も家を欲しいと思っていた所だ。亡くなった祖父の資産がある。それを使って土地を買い、家を建てる事は可能だ。ここを辞めなくても情報収集という形で、マディニア王国に拠点として家が欲しい。そこにお前達を住まわせてやろう」
一気に、現実味を帯びてきたマルクの家計画。
エダルはオルディウスに、
「要は貴公子も俺達と一緒に住みたいって訳だ」
「住ませてやると言っている」
そこへアルトが、トレーを持って傍に座り、
「いいですね。家計画ですか。私もここを辞めたら住める家があるといいのですが」
エダルは慌てて、
「辞めたら住める家って」
「二年、過ぎたらここを辞めてよいと騎士団長が。私は元々、屑の美男としてさらわれてきたのを、騎士団長の温情で秘書にしてもらいました。屑の美男として二年間、皆様に奉仕を本来ならしなければならないところを、秘書として働かせて貰って有難いと思っております。二年過ぎたら、騎士団長が好きな道を歩めと。私はパティシエになりたい。ケーキ作りを極めたいのです。でも、ここを辞めて一人で暮らすにはあまりにも寂しい。だから、皆さんの家計画が少し羨ましくて」
エダルはアルトに向かって、
「だったらアルトも来るといい。将来、俺達と一緒に暮らせばいい」
「いいのですか?私などが、一緒に暮らしても」
エダルはアルトの手を握って、
「アルトはいつも俺達が疲れている時に、甘いケーキを焼いて労わってくれた。そんなアルトが寂しがっているのを見捨てるものか」
マルクも頷いて、
「俺も俺も、アルトのケーキ食べたいよ」
アラフとゴルディルも、
「アルトのケーキは美味いしな」
「ああ、あのケーキが先行き食べられると思うと、楽しみで仕方ない」
オルディウスが、ふふんとアルトを見ながら、
「俺の家に、四天王の他に一人くらい増えても、なんて事はない」
マルクが、
「俺の家?最初は俺の家だったのに、いつの間にかオルディウスの家になっている」
オルディウスは済ました顔で、
「金は俺が出すと言っている。この騎士団にいるうちに、どういう家にするか、皆の案をまとめておけ。マルク。その上で俺が相談に乗って、調整する。それでいいか?」
「嬉しいっ。俺がまとめ役なんだね。頑張るよ」
エダルは幸せを感じた。
皆で暮らす家。
アルトも住みたいと言っている。
エダルはアルトの事が好きだ。
真面目に仕事をして、時には皆の為にケーキを焼いてくれる優しいアルト。
アルトと将来、一緒に住めるなんて、エダルの心に希望の灯りが灯った。
上機嫌でその夜はマルクと共に、どういう家にするか語り合いながら、部屋で眠りについたのだ。
翌日、魔族に転移してもらって、某王国の魔狼が出たという山のふもとに第一隊20名と、四天王、そして聖女アシェリーナが、到着した。
第一隊隊長ガイディスは、
「24名でかかれば、20匹の魔狼など、あっという間に、片付ける事が出来るだろう。だが、油断は禁物だ。気を引き締めてかかれ」
皆で、魔狼を探して、山のふもとを歩く。うっそうと茂った森に小道があり、そこで魔狼の目撃情報があったのだ。
人家がある場所に出没したら非常に危険な獰猛な狼である。
ふと、遠吠えが聞こえた。
魔狼の声だ。
皆、いっせいに緊張する。
ぐるるるるるーーー。
魔狼の群れが現れた。
ガイディスが、大刀を手にして、
「皆、行くぞ」
「「「「「おおおおおっーーー」」」」」
魔狼の群れに第一隊20名と四天王4名が襲い掛かる。
刀を振るって次々と魔狼を倒していく。
エダルはふと、異常を感じた。
隣にいたアラフに、
「気をつけろ。アラフ。あの魔狼、嫌な感じがする」
水色の大きな身体の魔狼。
他と何か違うのだ。
襲い掛かって来た。
額から鋭い棘が飛び出して、アラフに襲い掛かった。
魔狼の額から棘?そんな攻撃、聞いたことがないし、見たことがない。
エダルは咄嗟にアラフを庇っていた。
腹を棘で貫かれて、地に背から叩きつけられる。
そして、思った。
自分はやはり魔物に殺されて死ぬんだって。
公爵家では落ちこぼれだった。
ここでは剣をふるって頑張って来た。
魔物の事を本を読んで研究した。
落ちこぼれたくない。
ここで頑張りたい。
やっと見つけた居場所だ。
でも歳を取ったらどうしよう。
身体が弱って魔物に殺されるか、頭を下げて下働きをするか……
マルクが家の計画を話してくれた。
ばかばかしい。そう思えた。
でも、オルディウスが家を建ててくれると、
アルトが一緒に暮らしてくれると。
ぼんやりと幻が浮かぶ。
アラフとゴルディルが目の前でパンをほおばって笑っている。
マルクがオルディウスと、ワインを空けて、皆で飲もうと誘っている。
アルトが、トレーにケーキを乗せて来て、
「焼けましたよ。皆さんで食べましょう」
その笑顔が眩しくて。
ああ、一緒に暮らしたかったな……
でも、俺はここで死ぬんだ。
寒い、痛い、暗い……
夢を見せてくれて有難う。マルク。
俺は幸せだったよ。
アシェリーナの声がする。
「勝手に人生振り返っているんじゃねぇ。このあたしが助けてやる。だから、お前らの家に、遊びにいってもかまわないよね」
マルクが叫ぶ。
「遊びに来ていいいから、エダルを助けてよ」
アラフがエダルの手を握りながら、
「俺なんか庇うんじゃねぇよ。エダルっ。しっかりしろ」
ゴルディルは襲い掛かる魔狼を大剣で斬り伏せながら、
「アシェリーナ。やれ」
「やっているよっ。ほれ、エダル、踏ん張れ。死ぬんじゃないわよっ」
どおおおおおおおおんんっ。
アシェリーナの力が爆発した。
腹に衝撃を感じる。
エダルは気を失った。
気が付いた時は、騎士団詰所の自分のベッドだ。
マルクが泣きながら、
「良かった。気が付いた。3日間。眠っていたんだ。エダル」
「俺、生きているんだな」
「うん。生きているよ。エダル」
アラフとゴルディルが駆け込んできて、
アラフが泣きながら、
「俺を庇ってくれて有難う。俺なんかの為に」
ゴルディルがエダルに向かって、
「後は体力をつけるだけだ。しっかりと食べて早く元気になれ。俺からも礼を言う。有難う。エダル。アラフを庇ってくれて」
エダルは首を振り、
「当然だろ。アラフは大切な四天王のリーダーだからな」
アラフは泣きながら頷いて、
「そうだな。リーダーとしてもっと頑張らないとな」
ドアが開いて、ガイディスとアシェリーナが部屋に入って来た。
ガイディスはエダルの顔を見て、
「生きていてくれてよかった。あの魔狼は変異種だ。なんとか倒したが、運が悪かったな」
アシェリーナが笑いながら、
「あたしの力が役に立って良かったよ。ちょっとしんどかったが」
エダルは二人に向かって、
「ガイディス隊長。ご心配おかけして申し訳ない。アシェリーナ。助けてくれてありがとう。こうして生きていられるのはお二人のお陰だ」
ガイディスは、
「早く良くなれよ」
アシェリーナも頷いて、
「でも、まだ無理は禁物だからな」
二人は部屋を出て行った。
エダルはふと、アルトが来ていないのが寂しく感じた。
アルトは自分を心配してくれないのか……
マルクがにんまり笑って、
「アルトは忙しいから。でも、毎日、仕事が終わるとエダルの様子を見に来ていたよ。心配しているんだね」
「様子を?」
「よかったじゃん。エダル」
夜になって、アルトが部屋に来てくれた。
「目が覚めたんですね。良かった。このまま目が覚めなかったらと思うと心配で心配で」
エダルはベッドの上でアルトに向かって、
「心配かけてごめん。もう大丈夫だ」
「エダルが元気になるように、チーズケーキを作りますね。他にもリクエストがあったら言って下さい」
アルトの笑顔がとても綺麗だと、エダルは思わず見惚れた。
「有難う。アルト。お前のケーキがあったら早く元気になれるよ」
アルトが帰った後、
マルクが触手でリンゴを剥いてくれた。
それを食べさせて貰って、
マルクがぽつりと、
「今回の事はひやりとしたよ。必ず、生きて皆でマディニア王国の家で暮らそう。笑いながら幸せに生きよう」
エダルはリンゴを食べながら、
「そうだな。皆でマルクの家で暮らせるといいな」
今回は危ない目にあったが、助けて貰えた。
自分には沢山の仲間がいる。
大丈夫。
きっと夢は叶う。
マルクの純粋な夢を叶うまいと思っていたが、
いつかきっと……
エダルは将来、皆で幸せに暮らす姿を想像しながら、マルクと楽しく、新しく建てる家の話をするのであった。




