婚約破棄してくれてありがとうございます。忠告はしましたので、あなたのことはもう知りません。
「可愛げもないお前との婚約は破棄する!」
私は空中に浮かんだパネルを操作しながら仕事をしていると、突然婚約者であるエド・リゼットに婚約破棄を突きつけられた。
あまりにも突然なことで呆然としてしまう。
「あの、正気ですか?」
すぐに冷静になってきて淡々とエドに述べた。
私、チェルシーは商業ギルドの経理をしている。物品の在庫管理、給与の計算、その他諸々の管理を全て一人でこなしている。
そもそも私は前世社畜の転生者である。前世もパソコンで同じ分野の仕事をしていたのだが、それも相まって転生時にとあるチートスキルを貰った。
《魔導具作成》というものだ。基本的には計算などの仕事を効率化することができる魔導具を作成するものである。他にも攻撃や魔法、色々な魔導具を作ることができるのだが、商業ギルドの長、エドと婚約してからはもっぱら効率化に関係するものを作っていた。
だけど……こうして今、かなり忙しい時に婚約破棄を宣告されたのだから、もう馬鹿馬鹿しくて仕方ないが。
「今は繁忙期です。こんな時にそんなことを言われても、ギルドが回らなくなるだけですよ? それに……可愛げもないって、モラハラですか?」
私はエドに色々と不満があったから、強気な言葉を使う。
だが、エドは鼻で笑う。
「そんなところが気に入らないんだよ! 何もできないお前が、なんで偉そうなことが言えるんだ?」
何もできないって……あなたが今もこうして楽できているのは、私が頑張っているおかげなんですが。
「それに、お前のことも飽きたから新しい婚約者を見つけてきたわけ。紹介するよ、カイラだ」
エドがドアの方をちらりと見ると、パッと見ただけでも美しく品のある女性が出てきた。身なりからして、貴族の娘といったところだろう。
「こんにちはチェルシー様! 申し訳ありません、こんな横取りするようなことをしてしまって」
横取り、ね。品のあるは間違っていたかもしれない。猛獣のようなやつかもしれないな。
「というわけだ。お前はもう出て行け」
どうやら私のいる場所はないようだ。もちろん私は構わない。
こんなモラハラ婚約者と別れられるなら清々する。
だけど。
「一応言っておきますけど、後ろにある魔導具たちは私がいないと動きませんよ? 計算だって、何もできなくなります」
忠告をすると、エドはぷっと吹き出す。
「今更命ごいかよ! もっとカイラを見習ってほしいな?」
命ごいでは決してない。というか、カイラってやつはくすくすと意地の悪い笑みを浮かべている。なんていうか、悲しいな。
「分かりました。それでは、失礼いたします」
私は頭を下げて、ギルドから出て行くことにした。
外に出ると、清々しいほどの晴天だった。私は太陽を見ながら、あまりのまぶしさに目を細める。
これからどうするか、仕事なくなったな……なんて考えていたのだが、ふと冷静になる。
「あれ……これ、社畜卒業では?」
よくよく考えてみると、そういうことである。前世も今世も仕事ばかりしていたが、これでもう私は自由なのだ。
こんな昼間から出歩いたのも久々である。
「嬉しい……けど、いったんこの街から離れよう。もし出くわすと気まずいし、そもそも会いたくないし」
◆
というわけで、私は魔導列車に乗り込み田舎へと出向いていた。もちろん行き場所もなく彷徨っているわけではない。
列車の中で揺れながら、私はポケットの中から手紙を取り出す。
「以前から誘われていたけど、エドと婚約を結んでいたから無理だったしね」
手紙にはジェフ・ヴィンセントという名前が書かれている。彼は男爵という爵位を持つ貴族だ。
まあ簡単に言えば、私の故郷を治めている領主であり、小さい頃から交流のあった幼馴染みでもある。
以前から私の能力を知っていた彼は、いつか故郷に戻ってきた時は君の力に頼りたいなんてことを言っていた。
つまり、次の職場みたいなものである。
自由なんて言ったものの、この世界も当然だが、生きるには金がいる。だけど、彼は私のことをよく理解していたし、仲も良かったから頼るなら今だと思ったのだ。
列車が止まる。私は席を立って、ホームに降りた。
ふと、見覚えのある顔が見える。
「チェルシー! こっちだ!」
白銀の髪に、整った顔立ち。クール系と見せかけて、明るく社交性のある性格をしているジェフだ。
連絡は入れていたのだが、どうやらわざわざ迎えに来てくれていたようだ。
「久しぶりだな! 大変だったな、突然婚約破棄されて職場を追い出されるなんて」
ジェフが心配そうにする。
「ほんとに。でも、ジェフのおかげでなんとかなりそうだよ」
「俺なんて何もしてないよ。でも、その……会えてよかった」
ジェフがわざとらしく顔を逸らす。全く、彼は相変わらず恥ずかしがりなところがある。私に照れる人間なんて、彼くらいしかいないよ。
適当に話しながら駅から出た私たち。
ジェフはちらりと時計を見る。
「馬車が来るまで少し時間があるな。ごめん、少し待つことになりそうだ」
申し訳なさそうにするジェフ。
さすがは田舎である。私が務めていた街なら、いつでも馬車が止まっていたが。
「ちょっと待ってて」
私はそう言って、目の前に手を向ける。すっと深呼吸をし、瞳を閉じて集中。
「《構築》」
刹那、眼前にほうきが浮かびあがった。
「な、なんだそれ!? チェルシー、そんなことができたのか!?」
「うん。目立つから使ってなかったけど、これに乗ればすぐに移動ができるよ」
「俺と遊んでいた時とかも使ってなかったよな?」
「別に歩いて帰れる距離だったしね」
そう言って、私はほうきに乗る。ちらりと見ると、ジェフも驚きながらもほうきに乗った。
私が地面を蹴ると、ほうきが浮かんで移動し始める。
風に髪をなびかせながらジェフの邸宅に向かう私たち。
「俺……まだまだ君のことを知らないな。すごいよ、ほんと」
「褒めても何も出ないわよ」
「出なくても褒めるんだ。俺は本当にすごいと思っているから」
やれやれ。ジェフも成長して言葉が上手くなったものだ。
私も私で、そんなことを言われると照れてしまうな。
◆
邸宅に到着した私たちは、中に入ってぐっと伸びをする。久々のジェフの家に、私は少しばかり懐かしさを覚えていた。
ジェフが私の方を見る。
「君に頼みたい仕事っていうのが、使用人たちの給与の管理なんだ。この仕事は俺がやっていたんだけど、他の仕事もやりながらってなると結構大変でね」
その言葉を聞いて、私は驚いてしまう。
「自分で……!? 珍しいね、領主がやるなんて」
「いやー……人を雇うべきなんだろうけれど、その、まあ色々と理由があるんだ」
なんだろう、歯切れが悪いな。
まあでもこの程度ならすぐに終わる。
「《構築》」
自由に魔導具は持ち運びできるので、いったん仮置きで作成する。ボンと目の前に生み出された魔導具は、淡く光って空中にキーボードを浮かびあがらせる。
私は軽く叩いた後、パッとキーボードを閉じる。
「ち、チェルシー?」
ジェフが覗き込んでくる。
「いったん、自動化のマクロは組みました。これくらいなら、数字を打ち込むだけで問題ありません」
私が言うと、ジェフが固まって動かなくなる。
あれ……どうしたんだろう。
「ジェフ?」
私が声をかけると、ハッとしながら意識が戻ってくる。
「この一瞬で!? や、やっぱりチェルシーは……規格外だ……! いや、そんなことより!」
突然彼が私の手をぎゅっと握ってくる。
「やっぱり君はすごいよ!」
ははは……そんな大げさな。
でも、こうやって認めて貰うのは久々だ。
エドは全く褒めてくれなかったからな。なんだか、自分が必要とされていると思うと、心がぽかぽかする。
「うん。これからもよろしく」
私は手を握り返して、そう言った。
◆◇◆
「おい! どういうことだ!? 魔導具が全く動かなくなっただと!?」
チェルシーが去った後、エドは目を見開いて驚愕を呈していた。
他にいた職員たちも頭を抱えて、全く動かない魔導具を叩いている。
だが、全く反応なく動くことすらしない。
そんな中、周囲の職員たちはぼそぼそとつぶやき始める。
「こんなクソ忙しい時に何をやっているんだ」「どうしてチェルシーを追い出したんだ」「彼女が全てやっていたのに、あいつの目は節穴なのか」と。
その発言に気がついたエドは怒鳴る。
「何ぶつぶつ言っているんだ! はやくなんとかしろ!」
職員たちは文句を言いながら、どうにか動かそうとする。
エドの隣で、カイラが不安そうにしている。
「エド様……これは……」
だが、エドはそれどころではなかった。このままでは商業ギルドの業務は破綻し、破滅へと向かっていくのを理解していたからだ。
しかし今更後悔しても遅い。チェルシーは新たな職場を見つけて、もう二度とここへは戻ることはないのだから。
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