第60話(最終回):天の彼方のエリュシオン
1. 新しい朝の風景
あの「ネメシス」との決戦から数ヶ月。
エリュシオンは今や、地上から切り離された「神の領域」ではなく、定期便の飛空艇が行き交う「空の観光都市」へと姿を変えていた。
「お兄ちゃん! 早くしないと、飛空艇の出発に遅れちゃうよ!」
遥の声に急かされ、悠真は鏡の前で古い冒険者のコートを羽織る。
首元には、ランク1を示す冒険者プレート。かつては絶望の象徴だったその数字も、今では「これから何にでもなれる」という可能性の証に見えた。
「わかってる。……ルシフェル、忘れ物はないか?」
「主、準備は万端です。……しかし、この『ピクニックの重箱』という装備、なかなかの重量ですね」
ルシフェルが真剣な顔で弁当箱を抱え、アスモデウスがその後ろで楽しげに笑っている。七人の使徒たちは、それぞれが地上のギルド運営や学園の講師、商会のトップとして活躍しながら、休日にはこうして悠真のもとに集まっていた。
2. 成り上がりの果て
一行が向かったのは、村の裏山にある見晴らしの良い丘。そこからは、地上の豊かな街並みと、その上空に浮かぶエリュシオンが同時に見渡せた。
悠真は丘の上に座り、おにぎりを頬張りながら、かつての自分を思い出す。
ブラック企業で使い潰され、絶望の中でスマホゲームに縋っていたあの夜。
異世界に放り出され、裏切られ、それでも「成り上がってやる」と拳を握ったあの日。
神になり、世界のすべてを手に入れ、そして最後にすべてを捨てた。
「……結局、俺が欲しかったのは、神の椅子じゃなかったんだな」
「え? 何か言った、お兄ちゃん?」
「いや。……いい世界になったなと思ってさ」
悠真が笑うと、隣に座っていたマンモンが彼のポケットから勝手に金貨を取り出して遊んでいる。ベルゼブブは既に弁当の半分を平らげ、ガブリエルはタブレットで「新世界の歴史」を編纂していた。
3. 未来へのプロローグ
夕暮れ時、エリュシオンが夕陽に照らされて黄金色に輝く。
かつては「攻略すべき標的」だったあの島は、今や悠真たちが築いた平和の象徴として、優しく世界を見守っている。
(【天使の図書館:システム終了】:主よ。……私の役割も、これでおしまいです。……これからは、あなた自身の目だけで、この世界を見てください)
脳内に響いた最後のアナウンスが、静かに消えていく。
悠真は、自分の手を見つめた。神の権能はない。全知の力もない。
あるのは、旅で鍛えた技と、隣で笑う仲間たちとの絆だけ。
「さあ、帰ろう。……明日は新しいゲートの調査だろ?」
悠真が立ち上がり、歩き出す。
その背中は、かつての孤独な王ではなく、自由を愛する一人の冒険者のものだった。
どん底から神へ。そして、神から人間へ。
天野悠真の「成り上がり」は、ここからまた、新しい物語として続いていく。
(完)




