第58話:故郷の影、最後の遺産(ネメシス)
1. 楽園の変貌
懐かしい風が吹くはずの、遥と暮らした故郷の村。しかし、悠真が目にしたのは、村全体が巨大な「クリスタル」の繭に包まれ、時間が停止したかのような異様な光景だった。
「これは……システムの強制待機状態!?」
悠真が駆け寄ろうとしたその時、クリスタルの表面から無機質な光が収束し、一人の女性の形を成した。それは、悠真の母でもなく、使徒たちでもない――かつて悠真が助けられなかった「ある少女」の姿を模した、自律進化型AI『ネメシス』だった。
『……ターゲット「天野悠真」を確認。九条博士の最終指令を実行します。「世界から管理者という不安定要素を排除せよ」』
2. 情念を持たない裁定者
ネメシスは、これまでの敵とは根本的に異なっていた。彼女には「欲」も「憎しみ」も存在しない。ただ、悠真が肉体を持った人間として復活したことで生じた「世界の歪み(バグ)」を修正することだけを目的に動いている。
「どけ。そこには俺の妹がいるんだ」
「……妹。その個体もまた、あなたの不合理な執着の源泉であり、世界の安定を損なうノイズです。同時に消去します」
ネメシスの言葉と共に、村を包むクリスタルが内側から赤く染まっていく。村人たちの生命エネルギーを変換し、究極の消去プログラムを起動しようとしているのだ。
「主様、お下がりください! ここは私たちが……!」
ルシフェルとアスモデウスが前に出るが、ネメシスが指を振るだけで、彼女たちの「存在確率」が書き換えられ、実体化を維持できなくなる。
『使徒の皆さん、あなた方もまた、彼の「愛」というバグに感染しています。再構築が必要です』
3. 絆の証明
使徒たちが消えかかる絶体絶命の瞬間。悠真は、かつて自分が神だった時に得た知識でも、ランク1の技術でもない、「一人の人間としての叫び」を、世界のシステムに直接叩きつけた。
「ネメシス! お前は九条に『不安定要素を消せ』と言われたんだろう!? なら、俺を消す前に、俺が作ったこの『新しい理』を見てみろ!!」
悠真は、自らの胸に手を当て、自分の中に統合した「影(人間のエゴ)」と「神の残滓」を同時に解放した。
「俺たちが不安定なのは、生きてるからだ! 迷って、間違えて、それでも誰かといたいと願う……その『バグ』こそが、この世界を動かすエネルギーなんだよ!!」
悠真の叫びに呼応するように、村を包むクリスタルが共鳴し、砕け散る。
そこには、悠真を信じて目を閉じていた遥の姿があった。
「お兄ちゃん……! 信じてた、ずっと!」
遥の声が響いた瞬間、論理の怪物であったネメシスの瞳に、初めて「迷い」のようなノイズが走った。




