第41話:神のラグと、一秒の人間
1. 合理的な絶望
「天野悠真、カウントダウンだ。3……2……」
現実世界のモニター越しに、ボードワンの指が起爆スイッチにかかる。七人の使徒たちは、主の決断を待っていた。世界を再定義する『原典領域』の操作を止めれば、システムのリセットが再開し、悠真自身も消滅する。だが、続ければ妹の遥が死ぬ。
(【天使の図書館:演算結果】:合理的な選択は「無視」です。新秩序を完成させれば、死者さえもデータとして復元できる可能性があります。……ただし、それは『今の彼女』ではありません)
「……ガブリエル、計算を捨てろ。ベル、お前の出番だ」
悠真の言葉に、眠たげな瞳をした少女、「怠惰」のベルが前進する。
「……了解。主様が望むなら……世界を『サボらせて』あげる」
2. 権能:怠惰なる停滞
悠真が原典領域の光を強引に引き剥がし、ベルの魔力へと注ぎ込む。それは、現実世界の特定の空間における「時間の流動」を極限まで引き延ばす、システムへの過負荷攻撃だった。
【スキル発動:怠惰なる停滞】
【範囲:指定された座標の因果関係を3.0秒間一時停止】
ボードワンがスイッチを押した。しかし、現実世界での信号は爆弾へと届かない。電気信号が、ベルの権能によって「怠惰に」なり、空気中を這うような速度まで遅延させられたのだ。
「ルシフェル! 現実へ跳べ!!」
悠真は、自らの魂の一部を切り離すようにして、ルシフェルを現実世界へと「逆召喚」した。システムが崩壊しつつある今、使徒を現実へ送ることは、悠真の権限を著しく損なう禁忌の行為だった。
3. 神の失墜、人の帰還
現実世界の廃ビル。
「な……に!? スイッチが入らな……」
驚愕するボードワンの眼前に、漆黒の炎を纏った騎士・ルシフェルが具現化した。
「我が主の慈悲に、泥を塗った罪……その身で購え」
一閃。爆弾は起火する前に灰へと変わり、遥を拘束していた鉄鎖が砕け散った。
救出は成功した。しかし、その代価は小さくなかった。
(【天使の図書館:深刻なエラー】:現実への干渉により、原典領域の支配権が40%消失。……『管理者』としての資格に亀裂を確認。システムのリセット速度が上昇します)
「……はは、ひどいな。一人の少女を助けるために、世界の神になる権利を半分捨てるとは」
原典領域に戻った悠真の体は、透けるように淡くなっていた。救われた妹の映像を見つめながら、悠真は自嘲気味に笑う。
「でも、これでいい。……俺は、完璧な神様になるために成り上がったわけじゃないんだ」
その甘さを嘲笑うように、白化する世界の中から、さらなる「システムの化身」がその姿を現そうとしていた。




