第34話:忍び寄る「嫉妬」と、虚飾の簒奪者
1. 崩落の跡地
フランス南部、アヴィニョン。アスモデウスが消えたことで、巨大な塔『バベル・ネオ』は砂状の魔力粒子となって崩れ去った。街の人々の精神洗脳は解けたものの、悠真の胸元には、彼女が去り際に残した紫色の紋章――『執着の刻印』が不気味に脈動していた。
「……天野くん、大丈夫? その傷、ただの魔力痕じゃないみたいだけど」
氷室咲が心配そうに駆け寄る。悠真は自身のステータス画面を確認したが、そこには詳細不明のデバフが刻まれているだけだった。
(【天使の図書館:解析不能】:刻印の性質:未定義。……アスモデウスの残存思念が主の精神に干渉。特定の状況下で『強制的な情動変化』を引き起こす恐れあり)
「今はいい。それより、妙だ……。空気がさらに冷え込んでいる。アスモデウスとは別の、もっと粘つくような不快な魔力だ」
悠真が周囲を警戒したその時、空が黄金色に染まり、降り注ぐはずのない「金貨の雨」が街に降り始めた。
2. 最後の一人:マンモン
「あはは! 素敵なショーだったわ、天野悠真。……でも、ずるい。ずるいわ。そんなに沢山の『おもちゃ』を独り占めするなんて」
建物の瓦礫の上に、黄金の宝飾品を全身に纏った少女が座っていた。ドレスの裾からは、まるで生き物のように蠢く無数の「影の腕」が伸びている。彼女こそが最後の大罪、「嫉妬」のマンモン。
「マンモンか。……お前もアスモデウスのように、俺を誘惑しに来たのか?」
「誘惑? そんなのまどろっこしいことはしないわ。……あなたの持っているもの、全部ボクが『欲しくなっちゃった』。だから、今すぐ返しなさい。それはボクのものになるべきなのよ」
マンモンが傲慢に指を差すと、悠真の背後に控えていたルシフェルとガブリエルの体が、ノイズのように激しく点滅し始めた。
3. 絆の簒奪
(【緊急警告】:使徒とのパスに深刻なエラー! 権能:『嫉妬の簒奪』発動。……対象の所有権を強制的に剥奪。……『契約』の書き換えが進行中!)
「ぐ……あ……っ!? 主……様、逃げ……て……!」
銀髪を振り乱し、ルシフェルが苦悶の表情で膝をつく。彼女の漆黒の炎が、あろうことか主である悠真に向けて放たれた。ガブリエルの瞳からも知性の光が消え、無機質な殺意が宿る。
「無駄よ。あなたが築いてきた『絆』も、彼女たちの『忠誠』も、ボクが嫉妬した瞬間にボクのものになる。……だって、ボクの方がもっと、それが欲しいんだもの」
マンモンの権能は、他者が持つ「価値」を定義し直し、それを自分のもとへ「強制譲渡」させることにある。
「ルシフェル! ガブリエル!」
悠真の叫びも虚しく、最強の女性使徒たちはマンモンの影に引きずり込まれ、その背後に再配置されていく。かつての仲間たちが、今やマンモンの操り人形として悠真の前に立ち塞がった。
「さあ、全知の図書館長さん。何も持たなくなったあなたに、何ができるのかしら?」
マンモンは残酷に微笑み、奪い取った使徒たちに「殺戮」を命じた。




