第21話:電脳の楽園と、最速のハッキング
1. 仮想世界『エリュシオン』
悠真と氷室咲が意識を接続し、目を開けた先には、現実以上に鮮やかな蒼穹と、黄金の草原が広がっていた。VRMMO『エリュシオン』。そこは五感の全てを電子信号で再現した、人類の「第二の現実」だった。
「これがゲームの中……。魔力の感覚が、現実とは違うわ」
氷室は、自身のアバターを確認しながら眉をひそめた。S級ランカーとしての肉体強度はシステムによって制限され、ここではレベル1の「初心者」として扱われている。
「ここでは現実のランクは関係ありません。あるのは、この世界の『コード(法則)』を知っているかどうかだ」
悠真の姿は、現実と変わらぬ黒髪の少年だが、その瞳には『天使の図書館』の解析データが奔流となって流れていた。
(【観測対象:世界樹の街・エリュシオン】:構造:多重暗号化されたデータ空間。ベリアルの影響:NPCとプレイヤーの境界が曖昧。滞在者の精神波:極度のリラックス(怠惰)状態。……出口のコードが書き換えられている)
「氷室さん、油断しないで。ここにいるプレイヤーたちは、自分が囚われていることにすら気づいていない」
2. 法則の書き換え(システム・ハック)
二人が街を進むと、巨大な門番のゴーレムが立ち塞がった。通常、レベル1のプレイヤーが突破するには数百時間のレベリングが必要な難敵だ。
「天野、下がって! 装備もスキルもない今の私たちでは……」
氷室が身構えるが、悠真は無造作にゴーレムへと歩み寄った。
「戦う必要はありません。この世界の『価値』を決めているのは、筋肉ではなく『記述』だ」
悠真は虚空に指を走らせた。
【スキル:天使の図書館(全知の瞳)——電脳空間・強制介入】
悠真の指先から黄金の文字列が溢れ出し、ゴーレムの足元に吸い込まれる。
次の瞬間、巨体を持ったゴーレムは、まるで初めから存在しなかったかのように、光の粒子となって霧散した。
「なっ……!? 何をしたの?」
「ゴーレムの『存在定義』を、『無害な空気』に書き換えただけです。バルクァンから得た『価値の解析』と、ガブリエルの『情報操作』があれば、この世界の神(管理者)になるのも容易い」
氷室は戦慄した。現実の戦闘能力を無効化する仮想世界において、悠真の「知識」はもはやチートなどという言葉では片付けられない、絶対的な「権限」となっていた。
3. 怠惰の囁き
街の広場では、数千人のプレイヤーたちが、夢見るような表情で酒を酌み交わし、歌っていた。彼らは現実で昏睡状態にある者たちだ。
「さあ、あなたたちも。もう戦う必要なんてないのよ……」
どこからともなく、甘く、眠気を誘うような声が響く。広場の噴水に、一人の少女が横たわっていた。
パジャマのような薄いローブを纏い、巨大なクッションを抱えた少女。彼女こそが四人目の悪魔卿、ベリアルだ。
「ここは、頑張らなくていい世界。傷つくことも、裏切られることもない。……ねえ、あなたも一緒に寝ましょう?」
ベリアルの発する「怠惰」の魔力が、システムを介して直接脳波に干渉してくる。氷室の膝が崩れ、その瞳から生気が失われ始めた。
「……気持ちいい。もう、特対庁のことなんて、どうでも……」
「氷室さん、しっかりしろ! ……ベリアル、俺の使徒たちが黙っちゃいないぞ」
悠真の影から、ルシフェルの鋭い殺気が立ち昇る。電脳空間の楽園に、冷徹な現実の断罪が始まろうとしていた。




