第1話: F級冒険者の『図書館』と、裏切りの価値
1. 知識は役立たずの烙印
ゲートが出現して五年。世界は変容した。都市の中心には管理施設がそびえ、その地下は異世界へと続く巨大な穴、すなわち「ダンジョン」と化していた。
天野悠真は、その変容した世界で、最低ランクのF級冒険者として生きていた。彼の冒険者カードに表示された【ランク:F】は、彼が周囲から浴びせられる侮蔑を象徴していた。
悠真の力の源は、彼に宿る天使が与えた特殊スキル『天使の図書館(全知の瞳)』。
彼の瞳に映る世界は、常に情報に溢れている。
(【観測対象:D級冒険者・遠藤】ステータス:筋力B。所持スキル:『フレイムスラッシュ(劣化版)』。致命的な弱点:慢心と魔力ノードの存在を無視)
悠真は、ゲートの魔物の弱点、攻略法、果ては数千年前に滅びた古代悪魔の生態まで、全てを知っていた。知識は最強。しかし、その知識を行使するための力が、悠真には絶望的に欠けていた。
「おい、役立たず。早くしろ!」
悠真が所属するパーティー『レイジスト』のリーダー、木島が苛立たしげに叫んだ。悠真は、剣を振るう代わりに、戦闘後の魔石回収と荷物持ちを押し付けられていた。
「悠真、お前は本当にF級の模範生だな。知識だけはS級だが、腕力はクソだ。お前の『図書館』とやらで、俺たちの戦闘が楽になったことは一度もない」
木島は悠真を突き飛ばした。
「お前が知っているのは、ただの概念だ。俺たちが欲しているのは、血と汗で得られる現実の力なんだよ」
悠真は反論できなかった。彼の『構造解析』はモンスターの弱点を正確に示しても、F級の肉体ではその急所を貫く一撃を放てない。知識はあっても、戦闘力ゼロ。それが、悠真の現状だった。
2. 新設ゲートと悪魔卿の影
その日の夕方。ニュース速報が、郊外の廃墟に出現した新設ゲートの情報を伝えた。難易度分類不能。情報皆無。
木島は興奮に打ち震えた。未踏破ゲートの初期魔石は、破格の値段で取引されるからだ。
「悠真!お前の『図書館』で、あのゲートの情報を洗い出せ!難易度、魔物の種類、全てだ!」
悠真は即座に観測を行った。頭の中に流れ込んできた情報に、悠真は戦慄した。
(【観測対象:新設ゲート『廃墟X』】難易度予測:S級以上。主要モンスター:悪魔の眷属(既存種と非類似)。最深部の魔力残留反応:『嫉妬(Envy)』――七大悪魔卿の一柱、レヴィアの痕跡!)
しかも、図書館の膨大な知識は、七大悪魔卿が、かつては高位の天使だったという極秘の真実も、同時に悠真の脳内に映し出していた。
「リーダー、駄目だ!あれは単なるダンジョンじゃない。悪魔卿の策略の拠点です!既存の知識は通用しない。特に深層には、高位の悪魔が関与しています!」
悠真の警告に、木島は耳を貸さないどころか、激昂した。
「うるさい!俺たちの金儲けの邪魔をするな!お前のその役立たずの知識など、俺たちの命の重さの前では塵にも等しい!」
木島は冷酷な命令を下した。
「今夜、お前は来る。だが、戦闘はしなくていい。俺たちが奥へ進むための囮になれ。お前がここで無様に死にかけ、モンスターの注意を引きつけ続ければ、俺たちは楽に稼げる」
悠真の脳裏に、怒りや恐怖ではなく、冷徹な知識が浮かんだ。
(【最適行動パターン】:このパーティーに忠誠を尽くす価値はゼロ。この状況下で悠真が最も利益を得る方法は、裏切り者を生贄にし、情報を独占すること)
3. 裏切りの価値
深夜、郊外の廃墟。ゲートの光を前に、木島たちは興奮し、悠真は岩陰に隠された。
「じゃあな、役立たず。せいぜい長持ちしろよ」
木島の冷たい声と共に、三人の戦闘員は奥へと進んだ。
直後、ゲートから漆黒の鱗を持つ犬型の悪魔の眷属、ダークハウンドが姿を現し、悠真の隠れている岩陰に飛びかかってきた。
恐怖に支配されかけた悠真の頭の中で、『天使の図書館』は冷静に情報を展開する。
【構造解析完了:ダークハウンドの致命的な脆弱性】:左前脚の付け根、僅か0.5mmの古代文字が刻まれた魔石。
「死ぬか、成り上がるか――答えは一つだ」
悠真は、F級のショートソードを握りしめた。彼は裏切りを恐れず、自分の命を賭けることを選んだ。
【効率化された動作(ルーティン・最適化)発動】
【構造解析完了:コアの位置へ最短距離で到達可能な動作を生成】
彼の体は、恐怖を無視し、最適化された動作に従い、ダークハウンドの突進を紙一重でかわす。そして、F級の非力な攻撃力を、全てその0.5mmのコアに集中させた。
カキンッ!
ショートソードの先端がコアに触れた瞬間、巨大な悪魔は音もなく塵となり、その場には青く澄んだ高純度の魔石だけが残された。
(知識は、役立たずではない。F級の俺でも、一撃必殺を可能にする、最強の武器だ)
悠真は魔石を拾い上げた。その時、ゲートの奥から、木島の恐怖に満ちた絶叫が響き渡る。
「――助けてくれ!こんなの、情報にない!何だこのモンスターは!」
悠真の脳内の図書館が、木島たちの危機と、救出のための唯一の方法を観測する。
【最適行動パターン】:裏切り者たちを救済する価値はゼロ。得られた魔石と情報を独占し、特対庁へ持ち込むことで、F級からの脱却を最速で果たす。
悠真は、木島の悲鳴を背に、高純度の魔石を懐にしまうと、ゲートの光を背にして、たった一人、外界へと踏み出した。




