第31話 龍脈支配
HPの全損、即ちインペリアル・フロンティアからの退場。
ただの一度でもHPゲージの空になれば、プレイヤーの誰もが平等に退場する。
ならモンスターはどうなのか、生き残るのに必死なプレイヤーらが例外を探さないはずがなかった。
人族や亜人のNPCは死亡後も復活するような逸話も文献もない、まぁ当然だ。
次にモンスターや非生物エネミーの持つ擬似的な蘇生、迷宮壁の捕食やネクロマンサーのサイドジョブによるアンデッド化、死亡した対象の自我は喪われるが肉体情報と一部アイテムを保存できる。
だが、そこまでだった。あるいは蛇、ウロボロスのモチーフを得た種族。ウロボロスのモチーフには「死と再生」があるからだ。キノのフローターキマイラ、あるいはアマトの目撃してきたものにはミラージュウロボロスなんてのがいたが、そうした固有スキルやアビリティの発現は結局見込めない。
そんな折、アマトは『ドッペルゲンガー』と接触した。
けれどそれを調教するのは、簡単な道のりではなく。
よくある伝承には、もう一人の自分を二度見たらその人は死ぬ、というやつ。
ゲーム内にてもそれは同様であり、一度エンカウントした際に真正面で擬態され、それは観測圏外へ逃走する。そしてそれを反射的に追ったプレイヤーの背後から同一個体が回り込み、可視圏にふたたび現れるとそいつが不可避の“呪い”を発動、擬態元を即死させる。完全な初見ソロプレイヤー殺しであり、加えてパーティー単位で行動する際に、そいつはまったく現れない。本当に稀少なエネミーであり、一度にひとりぶんしか擬態元をコピーできないからだと考えられている。
前情報こそ少なかったため、目の前でそれを話の肴にしていたプレイヤーが犠牲になり、ついで直後にアスカ自身も擬態されたので対策が要った。ブロックパペットによる呪い・状態異常の代替へ目をつけたのはこの頃である。
向こうがソロプレイヤー特攻すぎる厄介な相手ということもあり、捕まえて解析してやろうくらいには考えていたアスカだったが……いざ呪いを掻い潜り、それを調教したら、恐ろしいギミックに気づいた。
【ユニット転生】 MP消費0のスキル。契約者のHPゲージが0になった際、日付変更までの一日一度のみ、全てのステータス異常を解除、全回復状態で当該ユニットを依代に復活する。日付変更時、同『ドッペルゲンガー』ユニットはスロットへ自動的に復帰する。
「そぉーれが、契約紋最後のスロット、アスカさんのガチ生命線だったわけですね……いやぶっ飛んでんな」
カリンは唖然としていた。
セーフハウス内にドッペルゲンガーが隠れていること自体、実際に使われてから初めて知るのだ。
「するとカレンさんとピシカは、知ってたんですか」
「うん、まぁ、ついさっき教わりました」「そりゃ従者ですから?」
従者から外したミユキには教えない、いやなところ徹底している。
カレンからは苦言を呈された。
「それで、ミユキに教えてあげないのはどうしてなの。さすがに可哀想だよ」
ドッペルゲンガーの素体から復帰したばかりのアスカは、嘆息する。
「カレイドやクルーガーとは、必ず戦略面で互いの思考を読み合う羽目になるからな。
嘘がつけないし、あの子なら前線に必ず出張ってくるのは、長い付き合いだから知ってる――だから、さっさと戦線へ復帰して、無事な姿を見せてやるのがせめてもの誠意かな」
「でも災鴉は本部戦線に置きっぱでしょ、移動してる間に、カレイドにやられるんじゃ」
「言ってなかったけど、使徒級の纒に距離制限はないんだ。
固有アビリティに【空間歪曲】てのがある、あいつのスキルによる【跳躍】とは別途、俺が喚べばどこへでも来る。現場では散々、契約紋妨害の使い捨て結界に邪魔されたから――でも状態異常も回復した今なら」
「そうか、奇襲で意表を突ける。
……アマト、これからいったい何を?」
「全てを覆す」
そう言ってほくそ笑んだ彼である。
ただ、その顔には一抹の寂しさも滲んでいた。
(一度死んで、喚び戻されても――鳩里の面影もなにも、俺には見つけられなかった。
振り向いちゃくれないよな、そりゃ)
マギアホルダーがアストラル体なる幽体を持つと聞いたとき、プレイヤーにもそういうオカルト原理の働くことを期待したが、そう都合の良い世界ではない。
*
ゆーのすけの死を見届けて、その場に現れた『運営者』。
それが本物ならばこの機を無駄にはできまいと、アスカは永らくの疑問を投げつけた。
「プレイヤーたちが求める『星辰の契約紋』、その正体はなんだ」
『ふむ、ゲーマーならもっともな疑問か。
13の亜人種、霊長の契約紋を集める君ならば、既に察しているだろう?
それは“受胎裁量権”だ』
「受胎――ゲーム内で、子どもができる?」
『そうだ。プレイヤーのいずれかが“星辰の契約紋”へ到達したとき、きみたちはこの世界へ種を蒔く権利を初めて手に入れる。そして星辰を得たものは自身と認めたものにのみ、その資格を与えるのだ。
始祖の力、君らの世界で言うところ、アダムとイブになるための権利だよ』
「ゲームクリアを望むプレイヤーたちが望むのは、現実社会への復帰だ。
こんな箱庭で種付け生活だとクソ喰らえよ!?
そんなもののためにプレイヤーを閉じ込めて、尊厳を奪ったのかお前らは!
人としての権利があるだろうが!
そんなことのために、ゆーのすけさんは死ななきゃならなかったのかよ!」
『彼をたった今手にかけたのはきみだろう?
責任を擦り付けるのはやめたらどうだい』
「――」
『そもきみたちが語るところの尊厳とか、とりわけ自由とか人権?
そういう思想を担保するものって、きみらの文明では比較的近世に確立された思想だよね。
神の下、信仰の下に、卑小な人間にもなにかを主張する領分があるかのような虚勢を、その程度の矮小な肉体器で張らなくてはならない、哀れなケダモノたち。
それが啓蒙されて初めてありがたがりだすようなものを、実際のところきみたちは尊いと本当に思ったことのあるのか、他人が謳う自由を、妬ましいほどに有害だと感じないはずもあるまい、一度としてまったくそう考えないはずはなかった。きみたち社会性に縛られた生き物に、必要なのは権利でなく、支配されている安心感だろう?
それでもなお戦うと言うならそれは同じく霊長として誇らしいことだ。
我々はきみにその証明を求めてる』
この時のアスカははっきりと、彼らが知性体でありながら人間とは異なる寛容と傲岸からしかものを見ないことを肌感覚で感じて、冷や汗がつたった。
『それに社会への復帰が必要なら、我々がきみたちの肉体情報をアバター内へ転送することもないのだ』
行方知れずとなった現実社会のプレイヤーの肉体は、アバターの中に格納されている。
行方がわかっただけマシとも言えるが、結局のところそれは、
「アバターが死んだとき、その肉体情報はどうなる」
『無論消える』
「プレイヤーの自我は喪われても、アンデッドとしては蘇生できるはず」
『なるほど、そういう捉え方もできるのか』
「なんだと?」
『この前、ある人物にはそれじゃデスゲームじゃないかと叱られたところでさ。
一度の失敗がすなわち死に繋がる、ゲームに限らず、君らの言うところの実社会において、それは珍しいことじゃあるまい、きみもそのようなアンダーグラウンドを知っている、だからこの世界に適応できた』
「ふざけるな!
俺たちは、お前ら運営のおもちゃじゃない!」
『そうとも、おもちゃじゃない』「――」
あまりにも淡白に切り返され、アスカはたじろいだ。
『私たちはただ、私たちの被造物たちに、きみたちプレイヤーという知性がどのような変化を齎してくれるのか、それを知りたいだけなんだ。
その過程でなにが起ころうと許容しよう、この天体の破壊やあるいは人物、生命の創造や蘇生、きみたちが現実へ帰還する道をなおも諦めないなら、それだって見守ろう。
ここはそのようにして、造られた開拓の地なのだから』
奴はそう語ると消えた、以来一切の干渉はない。
(見守るだけで、支援するわけじゃない。
彼らは既に与えた材料で、俺たちがなにを為すかを見届ける、それだけ)
アスカの中でその時から『ゲームクリアによる現実社会への帰還』という芽は潰え――それでも現実社会へ帰れる可能性、プレイヤーを蘇生できる可能性、それらを『否定されなかった』ことだけが、彼の今なお戦い続ける根拠だ。
*
あの日からずっと、あの非人間的な言葉に、最期まで抗い続ける術を捜している気もする。
――それが啓蒙されて初めてありがたがりだすようなものを、実際のところきみたちは尊いと本当に思ったことのあるのか、他人が謳う自由を、妬ましいほどに有害だと感じないはずもあるまい、一度としてまったくそう考えないはずはなかった。きみたち社会性に縛られた生き物に、必要なのは権利でなく、支配されている安心感だろう?
(それが人間かと云われれば、そうかもしれない。
あんたらが俺たちと同じ土俵で敵になるつもりはないのもわかってる、だが)
「……それを許したわけじゃないッ」
跳躍を繰り返し、最後の座標は聯合本部の直上を指定した。
(結局俺は、プレイヤーの小競り合いから抜け出すこともできないでいるかもしれない。
王はカレイドなのかもしれない、それでも誰から謗られようと、否定されようと関係ないんだ)
――きみは『始末屋』でないと云うなら、いったい何者のつもりだよ?
一度消えて、再度宙へ顕現した災鴉を見て、彼を含めた聯合のプレイヤーたちは愕然としている。
アマトはそれを“纒”い、今度こそは……ほとんど見せてこなかった機構《パッシブスキル2》を展開する。
パイルドライバーの軸機構が反転し、地中に向いたのは光の枝。
(そうだな、カレイド。
始末屋でない、今の俺は)
“パッシブスキル2【龍脈支配】”
「俺がもうひとつのプレイヤーの頂点、契約の絶対支配者。
カレイド、きみが『王』なら玉座などくれてやるからさ、それでも譲れないものが、俺にも見つかったんだよ。
だから俺は、お前たちに人間たれと強いる――圧制者でいい!」
*
災鴉の消失に意表を突かれ、それが再び天空へ顕現したとき、カレイドは不思議と負けを確信できてしまった。
(あれは勝てねぇ。というか勝っちゃいけないやつだ)
手を抜いたわけじゃない、災鴉の消えた直後に浮遊と飛行系のスキル補助を用い、さっさと高所の索敵へ移行したが、鴉はそれを上回る高度から降ってきた。
「すげぇな、あそこからどうやって生きてたの!?」
「そこは死んでも企業秘密ってことだな!」
まだ闘える、まだ遊べる、いつになく鮮烈な歓びだった。彼という好敵手が、俺をなお上回る意志を示してくれたなら、こちらも最大限の敬意で叩きのめす――そのための、パッシブスキルを三体がまとめて撃ち放つ。
「!?」
(この障壁は、アスカくんのものじゃない――)
「差し込まれた、地表から?」
キノのマギアホルダーが、アスカを対象に【神域防壁】を発動していた。
アスカは驚きと歓びを顔に浮かべる。
(防御系パッシブスキルの最高峰か!キノくん、このタイミングでよく使わせた)
「「やってくれるじゃん!」」
(俺一人では、今度こそ相打ち覚悟だったからな――今は果たさなきゃならないことがある!)
枝が拡散し、地表に到達するとそれは淡く蛍光を帯びた。
同時にプレイヤーたちは、慌て始める。
「く、契約紋が使えない!?」「なぜだ、こちらの結界アイテムは使い尽くしたあとなのに!」
「始末屋のやつ、なぜまだ生きている!
カレイドにやられたんじゃなかったのか!!?」
工房で襲ってきたときのカレイドへ扱って以来になるか。あのときは未遂だが、今なら遠慮なく使える。
(地表の龍脈を介して、任意のプレイヤーすべての契約紋の制御を乗っ取る。
スロットもユニットの所有権だって、俺が思うがまま――チートってのはまさしくこの為にある言葉だろ)
この機能には、本当に一切の代償や制限が伴わない。使用できる状況こそ限定的だが、一度発動してしまえば、契約紋を持つプレイヤー相手にはけして負けようのない力だ。
そのぶんさらに使徒級の厄介具合がいや増すのだが、さておき。
「うちらも例外じゃない、と」
カレイドも自身の契約紋を使えないとなれば、とっとと地に降りて、両手を振って降参のポーズである。
「きみにそれを使わせる隙を与えてしまった時点で、俺たちの負けってことね。
やられたと見せかけて、油断を誘われたわけか」
「……あれはあれで一か八かだから」
ドッペルゲンガーのカタログスペックこそ頭に入っていても、いざ自分に適用して扱うにはそれまで確信が足りていなかった。失敗すれば二度とコンティニューは有り得ないのだ。
死ぬことは怖くない、それでもなにかがふいになる瞬間が脇を通り過ぎれば、人並みにはぞっとする。
死などキューリの隣に行くだけだろう、地獄なら共に堕ちてやるとも。
だが『今』を譲るつもりもない、それだけだ。




