第27話 聯合の決議
ミユキはプレイヤーギルド『アーキヴァス・タネガシマ』のことを追想する。
ネーネリアはそこで斥候兼囮役として酷使され続け、あるとき彼女の後方へ控えていたはずのパーティーがモンスターに回り込まれて壊滅したならその責任を押し付けられて追い出されたものの、バトルフィールドで彼女を助けたアスカに拾われた。
探索中にマッピングされていない閉所へ入ると、異変に気付いても助けられないことは多い。
タネガシマのプレイヤーらは、当初アスカがわざとパーティーを見殺しにしたのではないかと勘ぐったが、そう疑われても仕方ない環境だったことも否めない。
そもそも先方を探索していたはずのネーネリアでなく、後方のプレイヤーたちがトンネル側面から突如湧いてきた小型ラット種エネミーに襲われパニックに陥ったというのが、アスカの語る『事実』だ。
オミット体でもない小型種の火力などたかがしれているので、よほどの数でもないのなら、状態異常の解除を怠ったか、近接戦で対応をあやまったか――いずれにせよ、適切な攻略指導をできなかった、ギルドに不名誉なことである。
そもタネガシマは、もとから中遠距離からのモンスターや飛び道具による攻撃手段を開発する、ある意味、趣味者たちの集まりだった。
バトルスタイルはプレイヤーの数だけあっていいが、ゲームシステムに即した公立的な火力やユニット運用、プレイヤーギルドとして所属するプレイヤーやパーティーメンバーを可能な限り『生かす』べき、そういう義理や建前というものは不文律に存在する。
タネガシマの連中は当初、現れた『始末屋』の言い分を眉唾としたが、直後飛来したレイド級変異種『剛岩多頭龍』への対応に追われ、集落に置かれた自身らのギルドネストの保全と引き換えに、アスカに圧搾寄生弾体を使わせた。当時彼らの火力や手札では、あれを削りきる到底目算が出なかったからだ。
総ステータスや多頭龍の厄介さを考えるに、下手をすればあれはライトニングサラマンダーよりも強かったやもしれない……。あのときまでミユキは、圧搾寄生弾体に伴う負荷の意味をまるでわかっていなかった。
「天丼か?」
立ちはだかるミユキとネーネリアを前に、アスカは言う。
「カレンをいなしてきたんですか、思いとどまってはくれないんですね」「アスカさん、聯合本部へは行かないでください」
ミユキとネーネリアの出した結論だった。
アスカからすると周回遅れもいいところなのだが、ふたりの言い分を待っている。
「お前たちは、結果キノくんたちが聯合から追われてもそうするの」
「私たちはアスカさん自身のことを言ってるんです!」
そうミユキに言われて、アスカは曇った。
「俺自身――俺自身ねぇ」「なん、です」
始末屋、アスカさん、そう呼ばれる俺の何処に本当があったのか。
どこまで行っても俺は『三条亜寿佳』ではないし、『三条アスカ』にもなりきれない、なれなかったからキューリは死んだ。ミユキとも半端な主従をずるずると続けなくてはならなかった。
「アスカさんはアスカさんじゃありませんか」
「そこからして間違いなんだよ、お前ら。
俺はそう名乗らされていただけで、『三条アスカ』じゃない。
気づいてくれたのは、有栖香だけだった」
「……私が知っているのは、私を導いてくれたアスカさんです」
「だとしたら?なぜ今仇なす」
「もう私は、あなたの従者じゃないようですから」「あぁ、ごもっとも」
彼女らとて、災鴉の空間跳躍スキルを用いればアスカの逃げ切れることをわかっている。
これは茶番だ。
「ピシカすら置いていくつもりですか。
災鴉以外のまともなユニットなんて持っていないはずです、契約紋を制御できなくなったらどうするんです!?」
墓所フィールドのように契約紋を弱めたり、無効化するゲームシステムがある。
プレイヤーが再現するには膨大なリソースと煩雑な工作が必要だが、聯合本部が自壊してまでそれを仕込むメリットもないはずだ。だとして――、
「この一週間のうち、キノくんは最低限のレベルと、墓所フィールドから解放したプレイヤーたちのフレンドリストを手に入れて、ギルドマスター権限の移譲に必要な条件へ到達した。
これからの『プロトポロス』は彼のものだ」
「自分の代わりはいると?
誰も巻き込みたくないなんて」
「聯合本部へ行けば、俺は捕まるかもしれない。
ギルマスたちや聯合のプレイヤー相手には多勢に無勢だ。
でも死ぬわけじゃない」
「あなたを苦しめることしか考えてない輩が、そこにいるんです!
目も見えなくなって、二度も倒れて、まだそんな身体でッ――」
「それでも連中は俺の名前に責任を求めてる。
一人ならきっと逃げていた。だが今それをすると、俺を俺たらしめてるものをまた踏み躙られる」
「わかりません。命あっての物種でしょう!?
どうしてキューリさんやほかの誰か――自分のことが勘定に入っていないのを、いつも責任だなんて言葉に逃げるんですか!」
「言いたいことはそれだけか。
議事の時間が迫ってるんだ」
ミユキがユニスライムの纒を用い、アスカへ螺旋剣を振るう。
「!?」
しかしそれが切り裂いたのは、
「身代わり用のブロックパペット――【解体】を代替した?」
「使い切りだってのに、お前のためにストックが無駄になったぞ」
ブロックパペットは呪いや状態異常、ダメージを代替する。
「圧搾寄生弾体の代償を誤魔化せないかと、俺なりに頭を絞ったさ。
そうでなくとも有用だし、回数制とはいえ、そのたび人形師か調律師に造ってもらわなきゃならんのに」
次はカレンに頼むかと考えていた。
「この場でウチらに止められるのと、向こうで彼らに捕まるなら、後者を択ぶ。
そんなに私たちでは足手まといですか」
「そうだ」
アスカは断言する。
「ここから必要なのは交渉だ、プレイヤーに対抗する武力じゃない……あるいは」
彼らを圧倒するほどの力だが、災鴉も永らく使っているうち、殆どの芸はタネが割れている。
なにかあれば対抗されるだろう。
(まぁブロックパペットひとつ潰されたところで、複数人相手なら回復術師があれば継戦は可能だからよしとして――けど結局、インサニスのような輩に囲われたら負け戦なんだよな)
「連中は『プロトポロス』に力を与えないつもりだ、人質にされる前に、暴れ散らかしてやるつもりどけどな。だが今はそのときじゃない、あくまで証人喚問だ。
お前たちはもう俺の従者じゃないかもしれないが、『プロトポロス』の団員として登録している。
キノくんたちには、君らが必要だよ」
役割はとうに移ろっている、それをアスカはミユキへ突きつけて、立ち去った。
「……勝手なひと。それは私だってそうだけど」「ミユキさん」
アスカは行ってしまった、こちらへ振り返ることなく。
ミユキは立ち上がる。
「カリンちゃんとキノくんを守らないと」「よかったんですか?」
ネーネリアの言葉に、首を横に振る。
「いいはずがない。
私があの人を今日に追いやって――このまま、むざむざ、なにもできずに」
「ありますよ。ミユキさんにしかできないこと」
そこへやってきたのが、ピシカだった。
「ピシカ?」
「アスカさんに託されたものの意味、あなたにならわかるはずです」
――結局俺は、お前たちのいいご主人にはならなかったな。
ピシカの前ではそう吐露していたそうだ。
カリンとニーヤマが先に待機している。
プロトポロスのための、セーフハウスだった。
「居場所、みんなのための、アスカさんが……」
「キノくんは行ってしまいましたけど、私たちはここに案内されて。
いずれはここをギルドネストにする、私たちにはミユキさんが必要なんです!」
*
聯合本部で待ち受けていたのは、彼の想定より酷い――最悪そのものの状況だった。
「待ちくたびれたよアスカくん」「カレイド、わりにみな気色立ってるのはどういうことだ」
「ギルド『ヘリオポリス』と『アーキヴァス・タネガシマ』は審議をボイコット。
満場一致で、三条アスカをプレイヤーギルド聯合から追放する」
アスカあらためアマトは、部屋の全員が彼を囲って纒を換装している状況に、嘆息する。
「……罪人扱い、出頭という名の罠か、ご苦労なことで。
追放という言葉のわり、まったく穏やかじゃない」
クルーガーが云う。
「きみは強くなり過ぎたよ。
絶対支配のレシピを早いとこ明け渡しておけば、命取りにはならなかったさ。
決定的なのは、第二世代のプレイヤーへ肝心のそれを明け渡したことだ。
聯合へ現在進行で不可逆の害を及ぼしている」
「あんたら、本当にそれでいいのか?
第二世代のプレイヤーを育成し共闘する、なぜそれだけのことが難しい」
幾人かはアマトから目を逸らす。
(あぁ、本気でこの世界を攻略できるなんて、こいつらはもう考えていない。
それが第二世代なんてあかの他人らが手で叶えられるのだって、いけ好かないと)
ギルドマスターらがうちひとり、歩み出てきた。
「もう遅い。
奴らが力をつけるということ自体、増長と敵対を招く種に過ぎない。
二度と余計なことをするな三条アスカ、いいや――プレイヤーの裏切り者がッ!
貴様はいつもそうやって、誰の益にもならん余計なシステムをばら撒いてきた!」
アマトは短剣を引き抜いて、飛び出してきた相手を剣戟でいなし始める。
相手の纒は単なる剣戟でなく、剣筋の上に鞭のようなしなり、変則性を有して執拗だ。
「俺はシステムを見つけただけ、勝手に絶望してんのはあんたらだ」
「そんな無責任な話があるものか!
貴様の存在がプレイヤーの秩序を乱すッ!
潔くこの場で腹を切れ、できぬなら大人しくその首を差し出せ!!!」
もはや会話が通じないと言うより、日頃の鬱憤をこれを機に晴らそうつもりか。
(ギルマスとはいえそこそこお若いだろうに……苛烈は若さ故の気性か)
おちょくっているつもりはないが、こんな奴らに協力してきたこれまでを軽く幻滅しかかっている。
「上位調教を貴様が見つけたときから、すべてはおかしくなった。
プレイヤーがプレイヤーを隷属させるなど、まともな人間のすることではない!」
「――」
「貴様がそれを持ち込んでから、悪用する輩は後を絶たない!」
「――」
斬撃が続々とアマトを襲う。
「ゆーのすけをPKに堕としたのは貴様だろうが!?
なぜまだのうのうと生きているッ!!?」
「なんでだろうねぇ……」
アマトの言葉には気迫というものがもはや伴わず、向こうの神経を逆撫でする。
「あれは貴様などと関わらなければ、我々とともに戦ってくれた優秀な――」
「そこで狂うしかなかったのが、あの人の限界だった」
「貴様が狂わせたっ!」
「だとして、引導を渡してる」
「貴様が殺したのだ!」
口説い。話の噛み合ってさえいない。とはいえ、ここで口論をしている合間にも、ほかのギルマスたちが一気に詰め寄せる。
アマトを狙った効果攻撃の光線が四方八方から降り注ぎ――仕方なく【領域制圧】を発動した。
一堂、カレイドを除いて不意を打たれたようで、あっさり床へ膝をつく。
「……イカロスのときからなんら学習してないのかあんたら、呆れたな。
カレイドさんクルーガーさんらは流石に違うか、アビリティの効果範囲内でも立ってられる」
「ここまで無様だと、始末屋くんに一周して同情したくなるかもかもー」
「どうせこのまま見逃してくれるつもりは、ないんだろう」
「んふー、おわかりで」
アマトは調子のいいカレイドへ毒づいた。彼に叩き伏せられた者どもの口々に怨嗟の声が漏れる。
「人から恐れられるのがそんなに楽しいか、始末屋ごときが!」「この人殺し」「裏切り者」「使徒級と第二世代へ魂を売った!」
「俺は一度だって自分で始末屋だのなんだの、名乗ったことはない。
そんなことだからあんたらは、敵の正体すら見誤るんだ」
カレイドとクルーガーは、なんとはたから拍手している。
「これは手厳しいね、だが貴奴の言う通りだ。
あんたらがその体たらくだから、イカロスで我々はあれほどの損害を出したというのに。
まぁ責任の所在など特定を始めれば、あとはゲーマーどもの擦り付け合う泥沼だけだが。
聯合へ所属するだけで余計ないざこざにならず、席次に胡座をかいていられたのは、そこな始末屋が奔走して多くを代行してくれたからだろうに、自覚もなくては救えまい。クソの役にも立たん」
クルーガーは倒れたギルドマスターらを侮蔑的に見下ろしている。
「意外だな、クルーガーさん。
これから俺を殺そうって人間の言葉とは想えないよ」
「始末屋 三条アスカくん。我々はこれまでのきみの仕事、プレイヤーへの貢献を評価したうえで、いまのきみは邪魔なんだ。
これは我々ときみの見解の相違だ、私怨如きできみをどうこうしてやるつもりは、はなからうちらにはない。
追放動議なんて当てつけからしたらきみはミジンコほども悪くないが、運がなかったと割り切ってくれ。
きみを糧に、我々プレイヤーは新たなステージへ進ませてもらう、それだけだ。
もう君の時代は終わってる」
「……あぁ、そう」
時代がどうとか言われても、そんなものが到来したり始まっていた自覚は微塵もない。
アマトには興醒めもいいところだ。




