第26話 マギアホルダーの祭壇
キノはアキトに連れられ、珊瑚の森に囲われた浮島、その中央へある湖へやってきた。
「ここは?」
「幻霊種『マギアホルダー』。あの湖の奥、廃れた祭殿に、そう呼ばれる古代の神官がいる。
亡霊みたいなもので実体を持たないが、システムにはユニットとしてカウントされているんだ。
きみの絶対支配なら、あるいは従わせることができるやもしれないな」
「あなたは……ミユキさんのお兄さん、なんですよね」「それが?」
「今までどうして、どこにいたんです。
墓所フィールドに囚われたのも、けして長い期間ではなかったようだし、ならそれまでになぜ、妹さんへ会いに行かなかったんです?」
「他人の家族の事情に、口を出すのか」「それは」
アキトは嘆息する。
「俺が見つけたときには、あの子はあいつと行動していた。
今さら出しゃばる気もなかったから、楽だったよ。
イカロスの頃あたりまでは」
墓所フィールドの付近を探索していた頃、ピシカが使徒級に拉致され、結界内へ放り込まれ、アスカにそこにいることも伝えられず、彼の契約紋のスロットは『使用不能』で固定されてしまった。
その頃から軽く面識はあったわけだが、それから三ヶ月ほどしてまた付近へやってきたとき、周辺でスタンピードが発生し、アキトも結界内へ閉じ込められてしまう。
――あのとき人のこと、ほって逃げましたよね?だからこんなことになるんですよ。
かかわり合いになると面倒とわかっていたからだ。アスカへの言伝も頼まれたが、彼はろくに果たさなかった。
「果たす理由がどこにある?」
(これはミユキさんの家族の血だな……無責任体質と淡白さがすっかり遺伝にしか見えない)
だからミユキはアスカへ寄生した『従者』などという形ばかりの役割に固執したとしたら、家族やこの兄の教育がよろしくないのだろう。
「そのマギアホルダーがいると、なにかスゴイんです?」
「なにができるかの仔細は知らないが、絶対支配に使役できそうな無生物エネミーとなると、俺が思いつくものが限られていたからな」
「アスカさん、ですか」
「言われた訳じゃないが、きみの契約紋をやつが解放したということは、使えってことだから。
彼が聯合から除名されるのは君らにいいことじゃない、力を貸してやるというより、三条アスカへの借りを返すとしたら、今かなと」
「ミユキさんにはいいんですか」「あの子はあのままで強いから、物理的に」
「へぇ……」
なんだかんだでアスカの従者としての彼女の活躍は追っていたようだ。無責任だけど、情がないわけじゃないと――そのくせアスカには主従の責任などとやっかむのだから、実に面倒くさい性格をしているのは間違いなかろう。
「あなたはアスカさんのことが嫌いなんだと思ってましたが」
「あぁ、嫌いだね。
ひとの妹を契約紋で侍らせてた変態をどうやって好ましく見ろと言うんだ?」
「それはそうですけど、悪い人じゃないですよ。せこい人です」
「なるほどせこい人か、よく考えたものだ。
いやあんな男はどうにでもなっちまえばいい、ただ……聯合や直轄部隊のやり口については、俺個人としても過去に色々連中と摩擦があったから身に染みて嫌なんだよ、あいつら当たり前のようにソロプレイヤーのマッピングデータとか数の暴力で徴集しようとしたりするんだぞ、まぁその程度なら公益性を拡大解釈した程度で済むんだが、二人組で片方にでも女いたらコナかけるか、人気のないところへ誘いこもうとする」
「そのあとはもう言わなくていいですわ」
大方暴行事件にでも発展して泣き寝入りする誰か出たのだろうことは察するに余りある。
(ログアウトできなくなってから、ハラスメントコードによる通報ができなくなってる。
そういうことに目敏いやつはいるからな、そう考えると第一世代が俺たち水準で五年前のリテラシーで推移してたってことは、だ。ハラスメントって言葉に当時然程重みがあったかというと……やめよう)
最近多少増えてきたハラスメント系の造語が一般的でない程度に、そういうことのまかり通るネット&社会文化を持ち越していると考えるべきだ。
「攻略の第一線を張っている、プレイヤーギルド『インサニス』のギルドマスター『カレイド』と、副長兼参謀として名の挙がる『クルーガー』。
聯合での発言権は大きく、始末屋の聯合除名を画策している、彼の敵だ」
「――」
「三条アスカ、いや改め『三月アマト』とやらはこれまでどうして聯合の摩擦に揉まれながら、闇ギルド堕ちすることもなく、正当な異端足りえたのか。工房での話でようやく少し疑問が解けたよ。
あれは最終的には目先の損得でなく、品性を自らの最後の砦にしている。
カレイドがダークヒーロー気質などと云うのも、頷けてしまう」
「面識あったんです?」
「彼らは有名人だからな。黄道級トリプルホルダーは伊達じゃねぇよ。
問題は彼を担いで陰から操っている、クルーガーのほう。
あいつは昔から『王』になれるのはカレイドかあるいは始末屋三条アスカだけ、なんて言っていた」
「『王』、ですか?」
「誰の、なんの王かまでは知らないが、カレイドにそのようなカリスマが備わっているのは事実だろう、かたや始末屋にそのような人望があるかと云われるとはたして首を傾げるところだな。
くだらん与太話っちゃそうだが……忘れられんのよ」
「そういう好戦的な人たちが、今の聯合、その中核を担っていると?」
「いつの時代だってそうであるように、声のデカい連中が率先して尖っていくだけだ。
聯合の殆どは三月アマトの言う通り、体制保守的な中途半端な弱者どもの集まり。
プレイヤーギルド最強とされる『インサニス』に迎合しているだけで、彼らには主体的な思想はない、だから第二世代のソロプレイヤー狩りが悪いことだとしても、聯合の体制に不安定な要素として排斥できる。プレイヤー個々を守るために発足された当初の経緯は崩れ去り、総体などと取ってつけた集合体への『公益』を重んじるように、そこで異端をひた走っている『始末屋』のようなものは、悩みの種でしかない」
異端、そう聞いてキノは考える。
『始末屋』アスカを異端足らしめてきたのは、その行為でなく動機、彼の語るところの「人間らしい」「品性」なんだと、今ならなんとなく感じられた。
カリスマの有無についてはとかく――、
「人のうえに立つものを、資質としては備えているんでしょうね。
出自なんて関係ない、支配者としてのカリスマを……上位調教をあの人はさも偶然の発見のように語りますけど、あの人へのミユキさんやピシカって子の態度からして、なければ早々に見切りつけられてただろうというか……あのひとが人を侍らせる力を得たのは、結局必然だったような気さえしてくるんです」
*
カレンは出かけようとするアスカの前へ、立ちはだかる。
「こんなこと、前にもあったよな」
レイド級変異種相手にヤドリギを使ってから、云うて一週間ほど、その大半を眠っていたためか、体感的にはすっかり『昨日の今日』だ。
「行かないで。聯合は必ずなにか企んでる」
「なんらかの罠でも、俺はギルド設立に対する責任がある。
これはマリエさんの意思か?」
「あの人は懸念を述べたけれど、きみが出向かないと聯合からの個人除名は確定的だろうって。
でも私は――きみをこんなところで死なせたくない」
「また昔みたいに、アマトって呼んでくれていいよ、有栖香」
カレンの肩が小さく揺れた。
「どうして。私だって?」
「向かって顔の右側にあったはずの傷がない、アバターを設定する際にデバイスがそれを読み込まなかった。
だから現実とは印象が異なっているはず……たったそれだけで、知人に気づかれることだってまずなかったわけか」
「――」
「きみが保健室登校で、一度だけ話したときのこと、憶えてるよ。
名簿に存在しない名前なんて名乗られて、困らせたろうな。
同級生だってのに、これまで何度ニアミスしてたんだろう、俺たち。
……ひとつだけ、聞かせてもらっても?」
カレンにはどういう質問が出てくるか、なんとなく予想がついていた。
「今の自分とあの頃の自分、どちらが好きなんだ」
「前は、どっちも嫌いだった。
アマトを知ってて、アバターの顔で騙してたようなものだし」
「俺もきみにここへ来てからも、『三条アスカ』だって嘘を吐き続けた。
『アマト』なんてやつは、いないことにしなきゃいけなくて」
「じゃあ、おあいこってことか。
今更リアルがどうとか、くだらないけど、私には大きいことだった。
アバターっていう『仮面』でもなければ、きみに好かれたい欲なんて生えなかったのに……私はいつだっていいように見られたかっただけ、その場に正直なミユキとは違う、臆病で、弱くて。
でもあなたといる時間が、どちら側の世界でも関係なくて、好きだから」
「俺と君の抱えてた孤独の質は違うだろうけど、気づいたときはつい――不謹慎な話かもしれないけど、嬉しかったな。俺もまだ、自分から望んで誰かと繋がれるんだってことが」
アスカ――改めアマトは、彼女の肩口を掴み、接吻する。
「どちら側のきみでも関係ない、好きだよ。
大好きだ、愛してる……大切なんだ、きみには、俺のここにいたことの証を、見届けて欲しい」
「行かないで」
「俺が託す未来の先に、ミユキやキノくんたちがいる、そう信じてみようと想う。
大丈夫、今日いきなりってことはないだろうし。
生きて戻るよ、君のところへ」
アスカは最後に、彼女へそっと耳打ちする。




