第25話 そうまでする動機
カレンの工房へやってくるのは、ヘリオポリスのプレイヤーばかりではない。
『調律師』のサイドジョブを開放している者は、プレイヤー内でも指折りだ。
契約紋とゲームシステムに連なる『ジョブツリー』、これの内包するコストが高ければ、新たに所持できるサイドジョブや、ジョブスキルの発展に繋がる。そのコスト上限を増やすために『枝』と呼ばれるレアアイテムをプレイヤーは必要とするのだが、これはいつ現れるかも定かでないレイド級ないしレイド級変異種からしか素材を獲得できないという難点があった。
調律師の前身職『調律士』は、掲示されたジョブツリーの『主幹』をひとつだけ開放できる、つまりプレイヤーのサイドジョブをひとつだけ増やせる。これはこれで一見すごいことに想われるのだが困った制約があり、拡張した枝上に開放できるサイドジョブのなかで『召喚・生産』にまつわる固有能力があるものは解放できないのだ。
するとこれまで名が出たものでも『ゴゥレムマスター』『死霊術師』などは言わずもがな、ほかには『人形使い《パペットマスター》』なんかも使えなくて、名前があがるってことは、それだけ強力にしてゲーム内バランスを左右する性能を有している場合が当然多い。
ミユキの『盗賊』なんかはあっさりそのツリー上に展開できたりもする。
さらに面倒なのは、一度習得してしまったジョブとジョブツリーは初期化できない。
たとえば調律士が拡張したものを含め、ふたつのサイドジョブを習得可能なジョブツリーがあるとする。
片方は最初から汎用にあるすべての初期職を習得可能、もう片方は召喚と生産にまつわる職種を選択できない。
前者の段階で初期職に生産職を選び、後に『盗賊』を習得するならまだマシだ。
しかしミユキのように『盗賊』を最初に選択してしまってから、調律士やジョブツリーの拡張について知ったものは悲劇的である。無論サイドジョブ内に、異なるジョブツリーから同じ職業を重複させることはできない。ミユキも長らく、ろくなサイドジョブを拡張できないことに悩んでいた。
風向きが変わったのは、カレンが『調律師』を習得してからだ。
『調律師』の解放する主幹で習得できるジョブに、制限はない。最初に任意の生産職でも置いて、時間をかけて育めば、なんにでもなれるのだから。
(私は不器用ですぐ行き詰まるのに、カレンはいつもそつなくすべてをこなしていく)
ミユキは以前、聞いたことがある。
「カレンはどうしてそんなに要領よくできるの?
私なんか、無駄とか遠回りばっかり」
――『盗賊』というサイドジョブに、ちょっとした劣等感さえ抱いている。
「要領よくなんかないよ、回転率を上げてるだけ。
失敗してくよくよしてるうち、失われる時間も惜しいから、次に向かってる。
でもそれって、アスカの受け売りなんだよね」
「え」
「キューリくんがいなくなって取り乱しかけても、アスカは必死で人間に踏みとどまってる。
自分が背負わなくていいものまで背負って……あんな姿見せられてると、さ」
「――」
「強くなるなら、優しくなりたい。優しい強さでいたい。
アスカのこと『始末屋』なんて呼んで汚れ仕事押し付けてる人たちに、好き放題言わせてる、このままなんて私は嫌だから」
なるほどカレンは強い。自分だってアスカさんのために強くありたいのはそうだが、なにが決定的な違いを生むのか、もう少し私は早く気付きたかった。
……私が誰よりあの人を見ているはずなのに、カレンとあの人には形骸な契約ではなく、心からの繋がりがあること。
私にはアスカさんの周りに敵を作っても、契約紋や私の中の排他性にどうにか折り合いをつけない限り、味方を作れない。カレンはギルドというコネクションもあったといえ、アスカが聯合から孤立しないぎりぎりで今も戦ってくれている、それはマリエさんも同様だ。
すると無能な私は――どの面下げてあの人の従者のつもりでいたのだろう?
聯合所属のプレイヤーたちがやってきて、アスカの所在を確認する。
「プレイヤー『アスカ』はここにいると聞いたが?」
「不在です、二日前に墓所フィールドへ向かってそれきりですよ」
工房主のカレンは剣呑な顔でいた。
「聯合本部じきじきとは、いったいどんな御用ですか?」
「本部でギルドマスターたちの総会がある。
彼が立ち上げた新ギルド『プロトポロス』に関する質疑と、聯合へ所属する意図の有無の確認だ」
「元々ギルド聯合への参加って、任意のことじゃありませんでした?」
「後ろ暗いところがなければ、彼が本部へとっとと出頭すればいいだけのことだ。
闇ギルド扱いされたくなければ、従うのが筋だろう」
向こうはやたらと高圧的だった。
「始末屋としてプレイヤーキルを繰り返してきたあのような外道に、今更まともな巣など作れるわけもあるまい――それともここが愛の巣だってか?」
ミユキが背後で苛立って殺気を放っているが、カレンはポーカーフェイスで対処する。
(みゆきちが居てくれるおかげで、私もぎりぎりで踏みとどまってる)
普通にこいつらは、不愉快だった。
(アスカがよく言ってるけど、品性ってほんと大事ね……)
彼らは長居することなく、立ち去ったものの。
「入口に塩撒いとく?」「ほんとね」
ミユキの提案にのることにした。
「ほかのお客さんからも予約入ってるし、どっかの誰かさんは三日間寝起きの頭で出かけてそれっきりだし。
ただ、いよいよ本格的に不味いかもしれないな。
聯合はどういう口実にしても、アスカを除名したがっているんだし、これでアスカが応じないと今度はそれを理由にこじつけてきそう。……マリエさんに相談しないとな」
ミユキが立ち上がった。
「ヘリオポリスのギルドネストへ?
私も行っていいかな」
「いや、それなら代わりにネーネリアを貸してほしい。
聯合が狙うとしたら、私たちより」「あぁ、そういうこと……まぁたしかに」
部屋の隅で大人しく縮こまる、カリン。第二世代のプレイヤーを孤立させると、それは奴らに格好の獲物だ。
アスカやキノを相手に人質と取られたら、それもまた厄介である。
「じゃあ私は、ふたりが戻ってくるまで店で待ってる」「うん、留守番任せたね」
ミユキは工房内にあった、紅茶の缶を開ける。
「怖いぐらいに、色々あるんだよ。
茶葉とか豆とか、ある程度は産地やプランターの生育条件に左右されるけど。
システムによる育成短縮とかできるから、短いスパンで色んな味を確かめられる。
私もカレンに教わって、時々遠征で手に入れたもののお裾分けくらいは持ってくるようにしてるけど――そういう世界の楽しみ方、言われるまでまったく気づかなかった。
私には兄さんと、アスカさんが全てだったから」
「――」
ミユキが自身のことを話すのは珍しい。カリンは今なら多少踏み込んで話を聞ける気がした。
「ミユキさんはいま、アスカさんとどういう関係だと、ご自分では想っていらっしゃるんです。
その……契約、解除したって」
「元々、私とアスカさんの契約はなし崩しなものだった。
私が一方的に縋っていただけ、アスカさんはいつも『プレイヤーへの上位調教に戦略的なメリットは無い』で一貫してたから。
長々やっていくうえで、だったら形だけでも目標が要った。
私はキューリさんの居場所を奪って『あの人を取り戻すまで』なんて無茶な口実をつけ、あの人はうちのどこにいるか生きてるかもわからない『兄を見つけるまで』って条件を結んで、どっちかでも叶えば契約はそこまでのはずだった。
でもアスカさんがその実私に望んでいたのは、そんな口約束じゃなく、私自身の『自立』。
あれから三日寝てて、あぁ……私はこの人をこんなになるまで、すり減らしたんだって、どうしてそんなことにも気づいてあげられなかったんだろうって――自分が重荷だったって、そのことから目を逸らして。
それでもあのひとが好きで、私をひとりの人間として扱ってくれようとした」
しはらくのちに戸を叩く音がして、身内の予め決めていた叩き方だったので、ミユキたちはすっかり気の抜けていた。
「よかった、アスカさ――にい、さん?」
だが扉の前に立っていたのは、ふたりの予想していなかった人物。
アキトは昏睡するアスカを担いで、中へ立ち入る。
「……どうしてあなたがここにいるんです?
アスカさんになにをしたんですか!?」
「待って、ミユキさん!
僕から順を追って説明します」「キノくん、ピシカ……生きて」
キノが割って入り、ミユキは平静を取り戻す。
出かけた時から、人数が三人増えていた。ひとりはアキト、もう一人は猫人のピシカ、さらにもう一人は完全に見知らぬ顔だが、装備の貧弱さからして第二世代だろうことは窺える。
「アスカさんは結界を解放した直後、移動中に意識を失って――昨日の朝からまた目が覚めていないんです」
「また圧搾寄生弾体を使ったの?」
「いえ、それはないんです。だから困っていて」
「そのヤドリギとやらの仔細は知らんが、代償系パッシブスキルかなにかか?」
アキトが口を挟み、ミユキが睨む。アキトは溜息をついた。
「それよりもっと厄介なものです」
キノはアキトへ、災鴉の説明を始める。
ひと通り聞き終えたアキトは言う。
「……いや、五日間の寝起き早々で負荷のある戦闘をやったからじゃないのか。
こいつ起きるたびに連戦してるの?
静養に努めるべきとこだろ、無茶苦茶だ」
「元々結界へ向かったのは、俺の戦力や技術を強化するためだったんです。
アスカさんもあれほど過負荷な戦闘や演説まで見越していたかというと、俺にはわかりません」
「彼はきみのサポート程度でひとまずその場をやり過ごすつもりだったろうな。
墓所フィールド内へ閉じ込められて、今なお生存していたプレイヤーがあれほどいたとは、彼にも想定外だったようだし」
ミユキが壁を殴る音が響く。
「――、さっき、聯合本部のプレイヤーがアスカさんを捜してここに来たんです」
「なんだと?
彼は第二世代のソロプレイヤー狩りへ異議を唱えていたそうだな」
アキトの続けた言葉に、ミユキは背を向けたまま頷く。
「アスカさんが立ち上げたギルド『プロトポロス』の聯合への加入の是非を、アスカさん自身の口で聞きたいと言っています。任意ですけど断ればまた、聯合はアスカさんの除名に傾く。
……期日は明日です、この状態のアスカさんが目覚めるかはさておき、行かせるわけには」
一堂、重苦しい空気が漂う。
「俺なら、問題ない」「「アスカさん!?」」
ピシカとミユキが驚いた。
ソファへ寝かされている、アスカが上体を起こす。
「ヤドリギの負荷と疲れが出たんだろう。
明日の質疑問答には、きちんと出席する」
「無茶ですよ、そんな身体でまた」
「それでもやる。第二世代をギルドへ囲った時点で覚悟してたことだ。
俺自身が誠意を尽くさないと、誰もついてこない」
「だからって!」
「奴らに付け入らせる口実を作らない、それが俺の、第二世代への誠意――になれば、いいんだが」
キノと連れてきたプレイヤーを、交互に見て頷く。
「……あなたはなにを賭けて、この世界で戦っているんです?
あなた自身の身を削ってまで、それは安い自己犠牲精神となにが違うんです、死にたがっているようにも見える」
キノと問答をしていた彼だ。
アスカは静かに息を吐く。
「ピシカを見て、共に過ごしてきたあなたがたなら、少しはわかると想いますよ」
「オルタナと?」
「聯合にとっては、単なるNPCとは異なりこの世界に自生する自我、自ら思考しようという意思を持つそういうイレギュラーははっきり言って怖いんですよ。
モンスターがそうであるように、黙ってこちらの言うこと聞いてくれるに越したことはないんです。
そしてイレギュラーが怖いのは、第二世代の登場においても同じことだ。
よくよく考えてみてください、自分たちプレイヤーの母数が攻略ですり減っていく中で、出自も不明瞭な新しいプレイヤーが大挙して現れたなら。
第二世代の進出は『異世界人や異星人の侵略の先駆け』にも、現状維持がモットーの彼らには見受けたでしょう。
右往左往しているうち、既存のプレイヤーたちは彼らにアドバンテージを取ろうとする。
プレイヤーギルド聯合が組織として硬直化、先鋭化するにはある意味仕方ない流れなんです。
彼らは元々、デスゲーム化した世界に閉じ込められたプレイヤー間の連携を強め、所属するプレイヤーギルドを介して攻略の円滑化とプレイヤー総意の統括をはかった、そうしなければ戦略的に攻略を行えないからです。
だから攻略におけるイレギュラーな存在は組織の存続を危うくする、いや本末転倒なんですがね、最初期は誰かが率先して頑張ってくれるならそれで構わなかった、しかし過程で闇ギルドによるプレイヤーキルや攻略用物資の横領・強奪、プレイヤーキル自体を目的とした人格破綻者やそれが送り込んだ工作員による内部での工作活動、遅々として手掛かりの得られない『ゲームクリア』や『星辰の契約紋』あるいは『運営の正体』。聯合自体工作活動に自浄作用が働かなかった結果、本当に崩壊寸前まで行ってるんですよ、この二年もあったなら――同じことしてたら、あなたがたは何回騙されて死んでるでしょうね?」
「答えになっていないようだが」
「あぁ、脱線しましたかね。
俺自身が身を削って戦う理由、でしたか。
安い自己犠牲と言われれば、その通りかもしれません、死に急いでるのかもしれない。
……どうにも、人から感性がズレているそうなんですよ。
曰く、普通のプレイヤーからすると『オルタナを普通の人間、プレイヤーと同列に扱うなんてありえない』。第一世代のプレイヤーにとってオルタナはいくら頭が良かろうと、限定的に契約紋を解放できようと、それが俺たち自身と同列な存在であることが許せない、許されない」
「――」
「あなたがた第二世代にだって『元いた現実社会へ復帰したい』そう考えるひとは多いでしょう。
聯合のプレイヤーたちも、口では社会復帰こそ至上という建前にして、攻略を前進させなければならない、それが彼らの存在意義ですから。
ただうちみたいのの場合はね、『何処にいても、そこで表現する自分こそが、本当の自分』とでもいいますか。それを『この世界に染まった』『攻略を諦めた軟弱者』の理屈と片付けることはできるかもしれない。……俺がオルタナやあなたがたと組んででも、戦っているのは『目の前にあるものを好きになっていたから』、そう気づいた。
というか、のっけからを否定してくる奴には逆張りしてやりたくなる。
ガキっぽい理屈かもしりませんけど、『この世界で自分が手に入れたもの』出会いだとかそういったことのぜんぶ、頭ごなしに否定するのはやめたいんです。
そのうえで『ゲームクリアを諦めない』誰から奪うんじゃなく、今ある全てをプレイヤーは攻略へ賭けるべきなんだ。俺たちが『人間であることを諦めない』、それがこんな場所へ俺たちを閉じ込めた元凶どもへ抗っている、ただひとつの証明なんです。
ただ言いなりで、ツールに頼りきるんじゃない……だからいまの聯合の主張に、俺は最後まで抗わせてもらう。納得いただけませんか?」
――聞き終えて、彼は言った。
「すべてをわかったとは言えないが。
あなたが保身やヤケを起こしているでないことは、わかったから良しとしましょう」
アスカは握手を求める。
「お名前は?」「ニーヤマだ、これからよろしく、ギルドマスター」
もっとも今のアスカに、その『これから』が続く保証はなかった。




