第23話 猫との絆
キノの独断専行、氷洞内に現れた二種のボスモンスター。
ひとつは『グルジオ・コニグリオ』と呼ばれる氷兎のモンスターであり、それと同時に現れたのが無生物エネミー『スノードール・クロロス』、縦に菱形結晶な異形であった。
氷洞の入口からかけて広がる雪原には、下位種である『スノードール』というエネミーが多数頻出するのだが、当時の常識では「無生物エネミーは契約紋で使役できない」。
キューリの背が見えたとき、二体の領域へ挟まり状態異常も重なって、抜け出すことの到底叶わない状況だった。とはいえ簡単に諦められるわけもない。
「キュ……」
氷兎の腕に胴を抉られる、彼の姿だった。
アスカは食いしばって、彼の元へ駆ける。
「――くそ!
カレン、援護してくれ!」
「二体のボスモンスターだよ!?
無茶をしないで!」
「キューリを回収したら、すぐ戻る!」
ここで足を止める理由などなかった、ただひとり、俺と現実を繋いでくれるもの、ならば俺はそれを――友を喪うわけにはいかない!
「【小回復】【小回復】【小回復】――っ、なんで、足りない!?」
キューリの意識は喪われ、HPゲージは0を示す、小回復ではまったく効果がなかった。
(考えろ、いま俺にできること――ほかのスキルならどうだ)
「【HP置換】」
アスカ自身のHPが僅かに減るだけだった。だが、この際それを躊躇っているわけにもいかない。
手持ちのポーションも彼の口にあてがって流し込むが、こちらも効果はない。
「【HP置換】【HP置換】【HP置換】――【HP置換】」
十三回目のスキル発動とほぼ同時に、キューリの身体が完全に消失した。
「――え、は……?」
“無生物へ対するHP代償系スキルの重複行使計13回を達成”
“絶対支配が解放されました”
“契約紋/叛のスロットツリーが解放されました”
アスカはふらりと立ち上がる。
洞窟にいる二体のボスモンスターを睨みつけて、
(こいつが、キューリを殺した)
氷兎は、必ず殺す。
(こいつさえいなければ、退路を断たれることもなかった)
手に入れた虚ろな力、これに本当に意味があるのなら。
向かい側の蠢く結晶を、この力なら支配できる。
勝算があったのではない、こうなればやけだ、キューリがいなくなった今、俺が守るべきものなど何もないのだから。
「絶対の支配、生物のみならず、無生物をも遍く侍らせる、力」
「アスカくん、しっかりして!」「アスカさん、逃げてください」
「……うるせぇよ、どいつもこいつも」
彼の声が届いたかは定かでないが二人は異変を感じたのだろう、直後たじろいていた。
アスカはと言うと、スノードール・クロロスの伸ばしてきた腕の上へ跳躍して、結晶の根元へと駆ける。
新たな光を宿した契約紋を掲げ――、
氷洞を生きて出たあと、アスカは氷兎を殺せてなお、スノードール・クロロスへも自害を命じた。
キューリを直接殺したのは氷兎だが、こいつもまた彼の死因に関わっている以上、その存在をアスカにはこの先受け入れられたものではないからだ。
「アスカ……キューリくんのことは」
「ごめんカレン、きみらを危険に巻き込んだ。
あいつと俺の独断専行さえなければ、こんなことには――だから」
アスカはミユキとの契約を解除した。気づいたミユキは驚いてアスカに詰め寄るが、彼は突き飛ばす。
キューリが落としていった形見の双剣、ミユキが取り落としている。
(なんでこいつが――俺のスロットを、こいつなんかが占めている?)
「ふざけてんのか、お前は。
お前なんかが俺のスロットに居座らなければ、俺はもっとキューリを助けるためのまともな手だって打てたはずだ!
とっとと何処へでも消えろ!
俺は俺の力で、キューリを必ず取り戻す!」「アスカ、そういう言い方は」
カレンはアスカの向ける、冷たく強ばった顔を見たなら、それ以上かける言葉を失う。
「キューリさんはアスカさんを守りたいって、言ってたんです!
守られてばっかりの自分じゃ嫌だって、だから!」
ミユキはキューリの双剣を拾い、その胸元に抱えて宣誓した。
「私が……アスカさんの剣になります!」
「――」
「キューリさんは、私たちで取り戻すんです」
それは到底叶うはずのない、無謀な約束だ。
この世界はデスゲームで、プレイヤーには帰るべき肉体すらない。何処にあるかわからない。
アスカはそれから、キューリに言われたことの意味をたびたび思い返している。
(そうだ。
キューリにはわかっていたんだ、俺が現実に帰る場所がないことをうすうす)
三条と名前を押し付けられ、衣食住はあっても、偽りの役割を果たすしかなかった自分に、現実社会での自由などなかったのだから。
キューリやミユキ、カレンたち、現実へ真面目に社会復帰を目指しているプレイヤー連中は立派だというのに、俺には現実へ帰りたいだけの理由が何もない。そう何もないのだ、真剣さ、熱意が足らない。
でもだからこそ、お前らはそんなこと気にするべきじゃなかったんだよ、キューリ。
俺を利用してでも、現実への帰還を願って迷わず戦い続けるべきだった。
以後、ミユキとの再契約。
ミユキは『キューリを取り戻す』という、俺は『ミユキの兄を見つける』、どちらも叶うには程遠い願いと知って、俺たちはそれを共に追い続けることとなった。
ピシカがアスカの元へ加入したのは、偶然密林でエンカウントした際に、負傷していた彼女を助けたことから始まる。
「本当に、俺と契約するつもり?
してくれるのか」
「はい!
私のご主人様は、アスカさんがいいんです!」
そう言って微笑んだ、褐色の猫人の笑顔は眩しく。
そんな日々も、二ヶ月と続かなかった。
プレイヤーギルド聯合が以前から画策していた、太陽へ至る飛躍。
浮島や雲を経由して夜間からの飛空を続け、やがてこの天体の中央へ至ろうとした――のちにイカロス作戦と散々に皮肉られる、地獄の幕開けだ。
そうしてアスカは、ピシカを喪い――代わりに彼女を襲った使徒級、太陽機真鴉を絶対支配に堕として、侍らせた。
黒鉄に染まった『災鴉』と『始末屋』の悪名高き物語は、その時から始まったのだ。
*
アスカは気絶していたらしい。暗がりのなか、粘糸に覆われて拘束されている。
「……何がしたいんだろうな、俺は。
上位調教、絶対支配、災鴉――力を手にするたび、代償みたいになにかが失われる」
上位調教でミユキの自由を奪い、絶対支配でキューリの命を引き換えにし、災鴉のためにピシカが贄となった。
(キノくんはどうしてる?
あの子には、俺と同じ道は辿ってほしくないんだけど、またありがた迷惑とか、杞憂のそれなんだろうがな――)
それでも彼がオウリという親友を喪うなら、自分があのとき授けられたせめてもの技は、あれしかなかったから。それが正しかったことかは、わからないが。
「ジンクスは、俺だけにして欲しいところか」
俺自身だって、無論このようなジンクスは嫌いだ。
ミユキとの契約に、キノたちの指導者という役割を口実とすることで、曲りなりにもけりをつけ、彼女を自立させる。ようやくこれまでの間違いをひとつ糺せて、ひと段落したかに思えたばかりなのに。
(ミユキの兄、よもや今更こんなところで生えてくるとは。
捜してたときは全然出てきやがらなかったくせをして。
で、俺はどうして――)
こんな地下で、糸巻きに引っかかっているのか。
気絶する前からの記憶を辿る。
「あぁそうか、墳墓の地下に蜘蛛型のエネミーがいて、おまけに結界をコントロールする支柱は、プレイヤーはおろかモンスターでは立ち入れない仕様って話だったか」
「アスカさん、大丈夫ですか!?」「ピシカ」
ピシカの声が、手前から聞こえる。
あの鬼火、【NNN】とかいう分霊端末召喚スキル、猫には九つの魂があるということか、八つが爛々と輝き、ピシカ本体自身も機動力で蜘蛛の群れを翻弄してのけていた。
(気絶してる間、踏ん張ってくれてたわけ――エレキビッツもいるな、あれ、災鴉は?)
アスカの目の前で、粘糸を啄んでいるオミット体。
「お前、何してんの?」
「ギャーシ」「あぁすまん、そもここのフィールドは使徒級のお前となかなかに相性悪いらしいからな、そう落ち込むなよ」
アキトに言われるがまま、地下空間へ飛び入ったアスカだったが、よもや地形適性と蜘蛛型の異形に翻弄されあっさり気絶させられるとは考えていなかった。
(いくらなんでも気絶は――あぁそうか、粘糸が飛んでくる寸前、【解体】使って対応しようとついゆにちゃんの纒喚ぼうとする手癖が……ミユキとの契約を切ったなら、慣らしていかないとなのに)
元から心底、ミユキとの主従を負担と感じていたはずなのに、こんな初歩的なミスを犯すとは。
我ながら間抜けた話だ、状況が変われば戦術も細かく変えていかなくてはならないのに。
そして――アスカはピシカへ語りかける。
「ピシカ!
また俺と一緒に、戦ってくれるか!?」
「!」
ピシカはそれを聞いたとたんに舞い戻り、それまで災鴉が一本一本ぷちぷちとやっていた、アスカの周囲にあった粘糸を一挙に切り払ってのける。
そして体勢を崩してまだ動けないアスカを抱いて、地下へと降りたった。
「当たり前じゃないですか!」
お姫様抱っこをするには、主従と性別からして逆転しているのだが――アスカは彼女の首に腕をかけ、抱いて寄せる。
その額へ接吻した。
「おかえり。……ありがとう、帰ってきてくれて」
「ただいまです、アスカさん」
ピシカはうれしげに猫耳と尻尾を揺らす。




