第22話 彼の離れた心
翌日、アスカたちはヘリオポリス側からふたたび呼び出された。
今回はマリエの書斎へと案内される。
「マルチネスとカトルの両名を、暫定加入メンバーから除外した。
ふたりがミユキちゃんにしてきたことを考えると、うちの一員には相応しくない。
この件は、近くできるプレイヤーギルド聯合にも問題提起として持っていかせてもらうけど……ミユキちゃんは、ほんとに名前出してもいいのね?」
「はい」
兄である蓼科アキトを探すため、手掛かりとなるならなんだってするつもりなのだ。
確かに兄がいるなんて、昨日マリエが反応を引き出さなかったら、アスカは今もまだ知らないままだったかもしれない。
「私は上位調教なんて、とっとと捨てさせてあげるのがアスカくんのためだとは想ってる。
でもあなたたちの選択そのものは尊重しましょう――で、なのだけど」
ただしあれだけの事件を起こしたアスカを、お咎めなしとはし難いらしい。
「非戦闘エリアでバラバラ死体だよ?
いや死んでないけど、アスカくん、ヤクザ崩れにどうしてノータイムで報復恐れずスプラッターぶちかましてるのよ」
「やらなきゃやられるわけですからね、向こうもそう仄めかして襲ってきたんだし、直接にも向こうから手を出してきたのは、カトルのカスにももう裏取れてるんですよね」
「なにが……あなたのなにがそう猟奇的な闘争へあなたを駆り立てているの!?」
「俺は手の届く範囲のものを守ってるだけです。
向こうが正気でないか、悪意があれば、俺はそのように対応するだけですよ」
「そんな涼しい顔をして言わないで、頼むから。
あなたも実はカタギじゃなかったり?」
「冗談キツいですって」
結局のところ、アンダーグラウンドの出身者ではあったわけだが。
「というわけで、うちから一人、あなたたちのところへ派遣するわ。
大丈夫、年は近い子だから」
そうして目付け役として、遅れて部屋へやってきたカレンと初面通しとなる。
「ギルマス、お呼びですか」
「というわけで、しばらくこの子たちと同行して」
「でもうちのギルドのメンバーになってくれないんですよね?」
「男の子ふたりと女の子ひとりなわけよ、不均等だし、ミユキちゃんのサポートしてあげて」
「なるほど……初めまして、ミユキちゃん。
今からみゆきちって呼んでいい?」
時々そうして多少奇を衒っていた気のしないではないが、彼女はあっという間に三人と打ち解けていった。
そこは雪山だった。カレンいわく、
「マリエさんがβテスト時代から持ち越している山荘があるんだけど、周辺のフィールドはマッピングが進んでいないの」
とのこと。
「ギルドのメンバーでもない俺たちを派遣して、実地調査とは……なんか至れり尽くせりだよな。
まぁあの人、アスカのことなんだかんだ気に入ってるみたいだし。
お前自身、なんだかんだ感銘受けてるよな、気持ち悪いぐらいに」
「気持ち悪いとは失礼な。
マリエさんは優しくて優秀で堅実なひとじゃん、ああいうひとはやっぱり尊敬できる」
タリスマンを離れてからも、アスカの口からはたびたびマリエの名前が上がった。
そこへカレンもよく乗っかって、
「そうそう、本当にかっこいいひとでね?
かたや私生活だと、とむとむぜりーのぬいぐるみとかクッションとかばっか集めてんの。
あれでかわいいもの好きなの萌える」
「あぁ、そいえばそんなのいたね。かっこかわいいマリエさんか、いいなぁ。
コラボ連動で、そういうのゲーム内にも何個かアイテムで輸入されてたんだっけ、運営のやつ版権問題どやってクリアしたんだろう?人権は欠片も顧みないくせしてさぁ」
「やけにブラックジョークが冴えている……」
キューリは久々にものを楽しげに語るアスカを見て、ほっとしたとも辟易してるとも取れる複雑な顔を作っていた。
「そういえばカレンも、βテスターだったんだっけ?」
「うん、ヘリオポリスとマリエさんとは、その頃の付き合いでね。
アスカくんは、――」
「どうかした?」
急に言葉の途切れたことで、アスカは彼女に懸念を伝える。
「あ、うん、ごめん。
βテスターとかだったり?」「そうなのか、俺は初耳だけど」
「は?いや待て、俺だってVRゲームなんて素人ビギナーだって」
「そっか、違うのか。ごめんね、変なこと聞いて」
……後から想えば、あれはカレンが過去の自分とどこに接点のあったか、確かめる一環だったのやもしれない。彼女は過去の俺と、どうにも面識のあったようだけど、俺としたら今日までまるで心当たりのなくて困っていた。
「キューリさんは双剣、カレンは槍を使ってるんですよね。
私ももっと前に出て、戦えるようになったほうがいいでしょうか?」
「俺は前に出てごりごり近接で削っていきたいからな、それに刀身が短くて軽いとそれだけ次の動作へ移る時間も速くなるだろ。個々人のペースってあると想うから」
「ミユキは焦らなくていいとおもうよ、ロッドみたいなものでも、まずは振ってるうちになにか掴めるようになるかもしれない」
攻略に際しては、キューリとカレンはミユキの質問に丁寧に答えていた。
(偉いなふたりとも、俺の方は後衛サポート職だから、今のところまるで参考にならないし。
せめてもの『回復術士』は習得してみたものの、こういうのはある程度セオリー化してるからそれ以上突出するものもないんだよな。高難易度へ至れば、俺自身も必ず前線に立つはずなんだけど……なにをすれば俺は、キューリを守ってやれるんだろう?)
彼からキューリへのそのような執着が、以降の悲劇を招くのだが、この時点のアスカはそれを気づいていない。
「なにひとりで塞ぎ込んでんの」「――」
マリエ絡みだと話が弾むわり、アスカはカレンのことを完全に信用できたわけではなかった。
「いいや。俺も早く新しいスロットを開放するなり、強いモンスターを仕入れるなり?
この中だと素のステータスで火力もなければ経験値も少ない、俺が一番貧弱だからね。
レベルも足りてないから、結局バトルフィールドで前線に立てないままを繰り返してる。
こんな惨めなパラメーターで死ぬのはごめんだし」
「あぁ、そういえば上位調教って、契約してる間はスロット自体が待機ユニットと入れ替えられないんだっけ。
みゆきちに経験値稼いでもらってるの?」
「みゆきちてなに。
……そうなるな、ユニスライムとミユキを介して俺に一部の経験値が割り振られるかたちだ、ほんの微々たるものだけど」
「完全にヒモじゃん」
「わかってる、それ以外の何ものでもないことは。
でもミユキの強化を優先させないと、この前のふたりみたいな輩に対処できない。
あの子にはさっさと自立してもらうべきなんだけど」
「――」
「俺がそう考えてるのが意外か?」
「いや、ここに来てからきみ、キューリくんを強化する話ばっかりしてたでしょ。
てっきりみゆきちのこと、いないものとして扱ってんのかなって」
「そういうわけじゃないけど。
はっきり言って、人間相手の上位調教なんてスロットの数が減るだけの下策だよ。
契約にボーナスがあれば戦略的にそれを使うことだってできたかもしれないけど、そもそもプレイヤーに使うのって本来の用途じゃなさそう」
「と言いますと」
「聯合や一部の情報屋が扱ってる攻略情報紙面をまた集めてきたけど、最速の攻略者たちは上位調教の判定基準をはかるために、人間以外のユニットにこれをできないかと考えて応用してみた。
するとひとつわかったことがある」
「人間以外に使えるの、あれ」
「上位調教はモンスターのレアリティじゃなく、また別の基準で適用範囲が決まってるみたいだ。
普通のNPCにはほぼ使えなくて、たとえば龍」
「龍?」
「それも主契約紋を持つ龍だ、契約紋はプレイヤーだけの特権じゃない」
「なんで龍に契約紋が?」
「そういう龍は周辺のモンスターの一部を従わせて眷属化することで、自身の権能を分け与えて強化している。小規模ながらもそういうテリトリー、自分の王国みたいなものを作ってるらしい。
ここからはまた半ば憶測だけど、プレイヤーが記憶を取り戻すためのトリガーに『認識等級』を必要としたときのように、モンスターをはじめとするこの世界のユニットたちも『認識等級』があって、それが最低でも『D』判定以上になってくると、そのモンスターたちは自我を有してくるらしい」
「プレイヤーもモンスターも、同じってこと?」
「そう考えるひとはいるってだけだ、プレイヤーとエネミーが同列なんて、気味が悪く感じるひともいるだろう。俺も、だからもう言わないとこにする。
……肝心なのは、上位調教に成功した個体というのが、『契約紋を持っていて』『こちらの交渉に応じる知性を持っている』ことだ。
下位調教や通常の調教は、『支配力ゲージ』頼りになることも多いけど、上位調教に必要なのは詐術的意味を含めた『交渉力』になる。
けれど騙して侍らせるのは、よくないだろうな」
「どうして?
アスカくんって慈善的なこと言わないイメージだけど」
「いや、それはどうなの。
俺はただ、長期的にユニットを運用する際に、不信感で連携に支障をきたすやり方は好みじゃないってだけで、手立てそのものは否定してないんだけど……」
「アスカくんそれ自分は手段選ばないって言い訳してるよね?
それもこれも、全部キューリくんのため?」
「――、そうなるのかな。
いやあいつからしたらありがた迷惑だろうし、タリスマンでの騒動も結果として悪目立ちするだけだったとは俺も想ってる。
すると俺も、オートで経験値稼いできてくれる手頃なモンスター欲しいんだがな」
「そう言いながら、バトルフィールドでは全然契約できてないね」
「ミユキとキューリときみが軒並み狩り尽くしてる。
かといって俺個人のために編成を変えると、ややこしくなるよな。
キューリはとかく、ミユキはなんで、編成を無視してまで俺の前に出ることをこだわってるんだろう?
それも一度や二度じゃない」
「あなたに死なれたくないからでしょ。
……あまり器用なやり方じゃないけど、このままはよくないかもね。
主従で心中するつもりじゃないなら、そのことをこの際ミユキと語らうべきだよ」
「ありがとうな。そう言ってもらえて、自分のやるべきことがわかってきた気がする。
明日にでもまたバトルフィールドに出るとき、相談してみよう」
「お役に立てたなら何より」
だが――次の日、そうはならなかったのだ。
氷洞内へ入ったとき、キューリの様子がおかしくて声をかけた。
すると彼は言うのだ。
「アスカはさ、なんのために戦ってるの」
「どうしたんだよ急に」
「いつも、おもってた。
俺を現実に帰すとも、ミユキに自立を促すとか、そういうことはいくらでも話してるのに、お前自身の話って、その実まったくないじゃないか」
「――、それって重要か?
キューリはお前がしたいことをすればいいんだ、現実に戻りたいなら俺がそれを叶えてやるだけだし」
「いつもそれだ!」
アスカには、キューリがなにを問題にしているのかわからない。
「タリスマンのときも、俺たちが頼りないからって、お前はひとりでアイツらを対処した!
尾行けられてたんだろう、街に入ったときから、わかっていてそれなのに……!?」
「結果追い払ったんだから、済んだ話じゃないか」
「なぁアスカ……お前って実際のところ、現実に戻りたいって、そう思えてる?」
その問いに、アスカは答えられなかった。




