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第92話:恐怖のグラッツロッチ

書いていて、ゾクゾクする回。

「まいった。マジ、やばい」


 転移魔法陣の前まで来て、ようやくルノーはしゃがみ込んで頭を抱えた。


 まさか、抱きしめられるとは。


 自慢じゃないが、ルノーは女と交わり合ったことがない。21歳にもなって女を知らないし、恋に落ちたこともない。討伐隊にいる時に何度か娼館へ誘われたこともあったが、興味がなかった。素っ裸になって、わざわざ無力な自分を晒すなんてできないと思った。常に生と死のギリギリのところで生きてきたのだ。よく知りもしない女の下で、どうして興奮できるというのだ。


 使命感に燃えて、執行人の仲間を探してきた。その中にはもちろん、ガーネットのような女性もいたが、それを女性としてみてはいなかったのだから、仕方がない。ルフリスト軍師に取り込まれて以来、討伐隊の中に仲の良かった女もいたがあくまで仲間であり、彼女らが討伐隊の試験で脱落して以来会っていないし、名前すら覚えていない。顔だってみんな似たり寄ったりだった。ルノーがその人個人として記憶にとどめるのは、自分よりも強いやつか、役に立つ人間くらいだ。それ以外は雑魚、声と歩き方で知り合いかそうでないかを切り分けているくらい、どうでもいいことだったのだ。


 ミラート神だろうがなかろうが、運命を司る誰かから与えられた自分の使命は、愛し子を見つけ守ること。愛し子が全てを救ってくれると信じて生きてきた。愛し子を見つけて守れば、おのずと自分の生きてきた意味もわかるし、してきたことも報われるのだと。そして、見つけた。自分の人生の、命の全てとなる源を。守るべき存在を。


 だが、それで?


 見つけ出して、守ること。漠然とした使命。何から守る?危険から?この世界から?国から寄せられる無意味な期待から?理不尽な権力から?それとも不純な男から?


 文献で調べた過去の聖女たちはどこか神々しく、人々の頂点に立つような女王的存在だと思っていた。近寄りがたく、一線を引いた存在。愛し子もおそらく聖女に準じた存在だと勝手に思っていた。

 それが、蓋を開けてみたらどうだ。愛し子は幾分年上とはいえ、見た目は15〜6歳の子供。異世界から来ていて、この世界の常識を知らず、全く魔力がないせいで警戒心も何もない()()()()()()()。スラムの子どもたちですら持っている危機感がまるでない。だからこそ、庇護欲を掻き立てられる。華奢で、小さくて、力がなく、それでいて自己主張の強い()()()()。ハルクルトのように愛とか恋とか、そんな不確かな気持ちは知らないし、いらない。ただ、与えられた守るべき存在。


 これが、愛し子と聖女の違いなのか、それともミヤがずれてるのか。そもそも過去の愛し子の情報が全くない。だからこそルノーは、愛し子と聖女は同一のものなのではないかと思っていた。だが、それは間違いだったのか。


「柔らかかった……」


 腕に残ったミヤコの感触を思い出して、耳まで真っ赤になるルノーだった。



 ********



「ミヤはもう少し、自重すべきだと思う」

「自重?」


 その頃、マロッカに乗って草原を抜けるミヤコの後ろで、クルトが不満の声をあげていた。


「理由はわからないでもないけど、ルノーに抱きつくなんてすべきじゃなかった」

「だ、抱きついたんじゃなくて抱きしめたんです!それにあの時は、ルノーさんが泣きそうで思わず……」


 ――ずっと一人で生きてきたルノーさんが、どこか自分と重なって。


「あいつはそう簡単に泣かないし、僕は面白くなかった」

「ご、ごめん…でも、下心があったわけじゃなくて」

「ルノーに下心を植え付けたのはミヤだ」

「ええ?考えすぎだよ、クルトさん」


 確かに、抱きしめるのは迂闊だった。子供じゃないんだし、そのくらいの分別は普通に考えても付けるべきだったのだ。なのに泣きそうで、無理して笑って自分を押さえ込んだようなルノーの顔を見たら、そうしなくちゃいけない気がして。壊れてしまうような気がして。


「二度はない。絶対だめ。他の男に自分から抱きつかないで」

「………でも、私が好きなのはクルトさんだよ?」


 うつむいていた顔を上げて振り向きながら、クルトの顔を覗き込むミヤコを見て、クルトがぐっと腕に力を入れた。


「あー……もう。ミヤはずるい」

「えっ!ちょ、ちょっと!あっ、やっ」


 チュッチュと至るところにキスを落とし、ミヤコを抱きしめるクルトの後ろ。

 カポカポとそれぞれのマロッカに乗って後を追うアイザックとガーネットは、少し距離を空けて、ため息をつく。


「おー……なんか理不尽な旅だな、おい」

「まったくだ…。緊張感がない」

「夕飯が待ち遠しいぜ」

「右に同じく」


 それ以降、何事もなく無事草原を抜けた四人は、陽もとっぷり暮れた頃にようやく無人の村へたどり着いた。



 ***



 さわさわと生暖かい風に揺れる枯れた枝葉を見ながら、クルトは村を見渡した。

 アイザックも大剣の柄に手をかけ、辺りを警戒する。

 無人になった家々は、屋根が落ち、柱がようやく壁を支えている状態だ。ちょっと力を入れれば、崩れてしまいそうな脆さが見えた。十年ちょっと前までは、おそらくまだ人々がここで暮らし、生活感もあったのだろうが、獣人や魔獣に襲われ逃げ惑う人々に、オワンデルの領主に雇われた魔導師たちが容赦なく攻撃を加え、拐い、実験材料にした。逃げ延びた人々も、散り散りになりおそらく生き延びることは難しかっただろう。


 ミヤコはそんな悲惨な過去を思い描き、俯いた。と、そこで何かが目に入った。ひやりと背中に悪寒が走り、全身が総毛立つ。黒い影のようなものが地面を素早く這いずり、影に消えた。


「……クルトさん。何か、いる」


 ミヤコがそう言い切るか否かのうちに、地中から黒い影が飛び出し、クルトたちに襲いかかった。


 グギャギャギャギャ!!!


「!?」


 ミヤコがヒッと息を呑み、反射的に身を縮めたと同時にシロウが飛び上がり、クルトが結界魔法をかけた。丸く囲まれたシャボン玉のような結界の中でミヤコとシロウは宙に浮かび上がった。


「グラッツロッチだ!」


 クルトが短く叫び、アイザックとガーネットも即座に剣を構える。


 地中から飛び出した黒い影は、ボコボコと次々に土の中から姿を現した。小さな頭には触覚が忙しなく動き、背中には黒々とした羽が不快な音を立てる。四本の足で立ち上がってはいるものの、二本の細すぎる手には、トゲのようなものがいくつも生えている。あまりにも、似ている。ミヤコ最大の敵、台所の悪魔と。


「いやーーーっっっあぁぁあぁ!!!!??」


 ミヤコは、虫に強い。ミミズやハエ、芋虫毛虫、何を見ても平然としているし、手掴みも問題ない。ハエを素手で握りつぶしたこともあるし、ウジ虫も気分のいいものではないが、騒がず始末できる。だが、アレだけは違った。あの忍者のような速さと、黒光り。這いずるだけかと思いきや、窓から飛んで入って来る。壁だろうが天井だろうが、いったいどこから湧いて出てくるのか、気がつくとそこにいるアレにだけは、どうしても平常ではいられなかった。


 留学先にいたのはチャバネのもので、小さく比較的動きはとろい。黒光りもせず、普通にどこにでもいる虫として扱えたのだが、キミヨの家にいたものは、カブトムシかクワガタかと思われる黒く大きなものだった。使っていないカマドの蓋に張り付いていたのを見たときは、円盤投よろしく蓋を投げた。壁に激突して蓋が割れ、押しつぶされて死んだかと思いきや、そこには何もない。半狂乱になって探してみたが、その姿はどこにも見当たらなかった。ワープをして消えた異世界から来た物体X(エイリアン)。ミヤコはその時真面目にそう考えた。


 まさか土中に生存しているとは!並のアレではない!


 次々土中から飛び出してくるグラッツロッチに、魔法と剣を振り回すクルトたちを見て、頭を切り離されてもまだ動いているその体を見て、ミヤコは我を失った。


 ミヤコはじっとグラッツロッチを見据え、スプレー容器の中に金柑を数個、握りつぶしてその果汁を入れた。シャカシャカシャカと容器を振り両手に構える。その間わずか10秒。まるで荒野のガンマンのようだ。


「ミヤ!?何を…!」


【収納】から金柑と消臭スプレーを取り出し、シロウから飛び降りるミヤコを見て、クルトは慌てた。ミヤコに駆け寄ろうと、近くにいたグラッツロッチに火炎を浴びせ瞬殺する。だが、ミヤコの目が何も映さず、青ざめたままブツブツと何かをつぶやいているのを見て、クルトですら一瞬狼狽えた。


「リモネン噴射」

『キャーーーーー!!』


 スプレーから噴射された霧状の液体は聖霊達によって拡散され、広範囲に広がった。金柑とミントが入り混じった消臭剤の香りが辺りに広がり、ミヤコの周辺半径20メートルほどの中にいたグラッツロッチが動きを止めた。


「!?」


 グギャギャ、と苦しそうによろめいたグラッツロッチが後ずさり、その恐怖が伝染して、周辺のグラッツロッチ達が行動を止めた。土から半身を出しかけていたもの、飛びかかろうと羽を広げたものの時が止まった。


 一匹のグラッツロッチがぱた、と倒れたのを機にパニックが広がった。次々に倒れ伏すグラッツロッチ、逃げ惑うグラッツロッチに目を見開いたアイザックとガーネット。クルトは唖然として倒れたクラッツロッチとミヤコを交互に見た。ミヤコの目に凶暴な光が宿り、ニヤリと口角が上がる。クルトの背にゾクゾクと鳥肌が立った。危険。近寄るな。本能がそう叫んだ。


 ミヤコはゆっくりした動きで片膝を地につけ、金柑の果汁でベタベタした両手のひらを地面につけた。


「発散」


 クルトは首を傾げた。ミヤコが何をしたのか判らなかったからだ。だが次の瞬間、大量のグラッツロッチが土中から飛び上がり、叫ぶ間もなくシュウシュウと音を立てて崩れ去っていく。ひっくり返って干からびていくグラッツロッチの体が風に崩れ、粉末となり、地上にいたものが悲鳴を上げて逃げていく。


「な、何が起こったんだ!?」

「地熱上昇」


 アイザックが慌てふためき、ミヤコがそれに応えるようにつぶやいた。水蒸気が吹き上がり、地面がひび割れた。地面から水分がものすごい勢いで飛んでいく。


「嬢ちゃん!?何を」

「み、ミヤ殿!?」

「ミヤ!?」


 靴を履いていても感じる熱に危険を感じたクルトは、風魔法を使ってアイザックとガーネットにも結界をかけ宙に浮かせた。だがその時、自分の魔力がごっそり持っていかれて倦怠感を感じ、気がついた。


「ミヤが暴走してる!」

「な、ナニィ!?」


 アレは、柑橘系の香りに弱い。d-リモネンと呼ばれる成分がアレには有害で、金柑やレモン、ミントに多く含まれる。過去の脅威の体験から、ミヤコは徹底的に敵の弱点を調べ我が家を掃除した。以来アレはミヤコの目の前に現れていない。

 その時の経験を利用して、ミントオイルの入った消臭スプレーに生の金柑果汁も足して噴射したのが効いた。してやったり。自分が踏みしめている地面下にいったい何百匹、何千匹のゴキブリが生息しているのかと考えたら、鳥肌がたった。「殲滅」の二文字が頭に浮かんだ時には、ミヤコはすでに「殲滅者」として行動をとり、他に何も見えていなかった。



 ***



「日本のアレの生息快適気温は20度から30度。35度以上になると動きが鈍くなり、42度以上でたんぱく質の凝固により死亡します。人間の耐性気温は45度から50度くらい。長時間でない限り脱水症状は起こさず、おそらく10分もあれば敵は殲滅可能だと思って……すみません。我を忘れました。まさか魔力まで吸い取るとはおもわず」

「いや、あれはおそらく僕が風魔法を使ったから…」

「というか、俺は嬢ちゃんが何を言ってるのか、さっぱりわからんのだが…」

「右に同じだ」


 風魔法は水とつながりが深い。空中にある水分をコントロールすることで風を起こすのだから、その水分が空気中になければ、水分を作り上げるか、あるいは魔力を大量に使ってかき集めるかのどちらかだ。クルトに大量の魔力があってよかった。でなければ、クルトまでグラッツロッチと同じように干からびていたかもしれない。


 ミヤコの暴走に気がついたクルトは、大慌てで駆け寄りミヤコを抱きしめた。バーズの村での魔力飽和(ヨッパライ)を思い出し、抱きしめてキスをした。舌を絡めるディープキスに翻弄され、お尻をわさわさ掴まれて腰が抜け、何やら硬いものが腹に押し付けられて、ようやく現状に気がついたミヤコは言霊を収めたのだった。


「恐るべし、愛し子の力……」


 ガーネットは少し距離をおいて岩の上に座り、スポーツ飲料水をちびちび飲みながら水分補給をしていた。チラチラとミヤコを見る目に畏怖が含まれている。魔法とは違う言霊の脅威。それを身近に感じ取ったのだ。魔法のように型にはまった力ではなく、短い言葉に乗せた念。自然を思うように操る強さに圧倒された。


 ――逆らえるわけがない。操れるわけがない。この力を前に、国王は一体何をしようというのか。


 そんなガーネットを横目に、アイザックとクルトは桃の酎ハイを飲んでいる。魔力、体力が蘇ってくるのが心地よい。ガーネットは酒は飲まないと断り、スポーツ飲料でじわじわと体力回復をしていく。ミヤコが夕飯のポトフを作っているのをぼんやりと眺めながら、火のそばでアイザックとクルトがぼそぼそと会話を始めた。


「思ったよりも早かったな」

「あれは僕でも驚いた。ミヤの力を見くびっていたよ……」

「我をなくすような事は避けたほうがいいな…」

「ああ…。まあ、止め方はわかっているけどね」

「……目の毒だが」

「見せつけて僕のものだとわからせるのも手だが」

「……ヤメレ」


 結局、地下に生息していたグロッツロッチも、逃げ惑って羽を広げたグロッツロッチも急激な気温上昇に体がついていけず、水分を搾り取られ、呼吸困難に陥り殲滅した。最も嫌な死に方だったかもしれないが、アレに人権はない、とミヤコは思い出した外見に身震いをした。


 周囲にはすでにミントと金柑が植えられて、精霊たちがキャーキャー楽しげに植栽し、増殖させている。アレと2度と出会わないように念には念を入れているのだ。ミント万歳。明日になれば、すっきりしたミントと金柑の花の甘い香りに包まれるだろう。ここにも、野生の動物やアレを除く有益な昆虫が戻ってくることをミヤコは願った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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