二人で過ごす時間 2
食堂に用意されていたのは、胃もたれしないような優しいメニューばかりだった。
野菜のポタージュは、手が込んでいる。
優しい甘さに、緊張がほどけていくのを感じながら、なめらかな口当たりに、ジェラルド様が頼む前から、料理長はすでに準備してくれていたのだと知る。
「……美味しいです」
「そう、良かった」
ドキンッと胸が音を立てて高鳴る。
ようやくほどけかけていた緊張は、私と向かい合って座り微笑んでいるジェラルド様を見た瞬間に、再び高まる。
王宮に毎日通っても、ジェラルド様に会えるのは、本当にたまにで、しかも少し言葉を交わすだけだった。
夜会で正装している姿を見かけることはあっても、王太子の婚約者として過ごす私が、見惚れるわけにもいかないから、盗み見るのが精一杯だった。
ここで気が付いた、夫婦であれば当然の事実。
「うそ。これからは、眺め放題なんだわ……」
「ステラ?」
裏切られて死ぬところだったのにもかかわらず、信じられない幸運に思わず感謝してしまう。
私のことを愛していないのに結婚することになったジェラルド様には申し訳ないけれど、私は今、人生で一番幸せだ。
「何を考えているんだ?」
「ジェラルド様と過ごせて幸せだなって」
「……いきなりそれは、反則だ。そう思わないか?」
「えっ?」
もしかして、入っているお野菜が辛かったのだろうか。口元を押さえたあとジェラルド様は、冷たい水を一気に飲み干した。
「……本当に、放っておけないな」
「……また、子ども扱いの話ですか?」
「本当にそう思うのか?」
ニッコリと笑っているのに、それはいつもの優しい笑顔とどこか違う。
そして、食堂には、静寂が訪れた。
何か失言をして怒らせてしまったのか、と慌てていると、その直後に勢いよく扉が開け放たれた。
「ひゃっ!?」
「……」
驚いて振り返った私の視線の先に飛び込んできたのは、燃えるような赤色だ。
その色を持つ人のことを私は知っているけれど、なぜここに突入してきたのかわからず、困惑してジェラルド様を見つめる。
ジェラルド様は、額に手を当てて大きなため息をついた。
もう一度振り返る。
そこにいるのは、騎士団長バルト卿だ。
そしてその姿には、どこか既視感がある。
まず整えられず伸びた髭が、髪の毛と同じで赤いことに感心する。そして、ボサボサの髪……は、癖が強いから、そこまで普段と変わらないかもしれない。そして、汚れた衣服。
──野性味があるイケオジが、ここにも。
そう、その姿は、私を助けに来てくれたときの、ジェラルド様の姿と重なる。
バルト卿は、最前線から帰って、そのまままっすぐここに駆けつけたようだ。
「あの……」
どう声をかければ良いのか悩んでいると、バルト卿は恭しく、完璧な騎士の礼を披露した。少しの無駄もない動きに、思わず見惚れてしまう。
「……まずは、ご結婚おめでとうございます。ステラ様、そしてジェラルド」
ニッコリ笑ったその瞳は、少しだけ光が差した海の底のような深い青色だ。
「それにしても、今回一番の功労者の俺を待たずに式を挙げてしまうなんて……。俺たちの仲だろう、水くさいぞ?」
「祝いの言葉、感謝して受け取ろう。そして、此度のこと、貴殿に厚く御礼申し上げる。……しかし」
二人は笑顔で向かい合った。イケオジ二人は目の保養だ。
もしや、あの噂はやっぱり!? と考えかけたところで、ジェラルド様が手を二つ叩いた。
「んっ?」
両側から、執事長と侍女長に腕を掴まれ、バルト卿がズルズルと引きずられていく。
そして、食堂には再び静寂が訪れたのだった。
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