年上旦那様の過保護な溺愛 3
食事を終えると、ジェラルド様は静かに立ち上がった。
「……今日は、軍部の重要会議に参加しなくてはならない。遅くなるから、先に寝ていなさい」
「……軍部の、重要会議」
「ああ、それから、君の護衛を紹介しよう」
「護衛?」
ジェラルド様が、二つ手を叩くと、静かに扉が開く。
目が合った美しい白銀の髪とアメジストの瞳をした青年は、優雅にこちらに礼をした。
────すでに私は、彼のことを知っている。
「……あの、なぜレザン様が、こちらに」
「引き続き彼が、君の護衛を勤める」
「……彼は、王家の影のはずです」
そう、レザン様は、王家の影だ。
王太子の婚約者である私のことを守ってくれると同時に、監視している存在でもあった。
そんな彼が、どうして私の護衛としてこの場所にいるのだろう。
不思議に思ってジェラルド様の金色の瞳を見つめると、なぜか逸らされてしまう。
「……そう、レザン様は王家の影」
「そう、確かに彼は、王家の影だ。そして王家の影は、国王陛下の配下であると同時に、軍部の最高司令官の直属部隊だ」
王立騎士団とともに、王国の力の象徴である王家の影。
もちろん、王立騎士団の騎士たちと正面切って戦ったら騎士たちに軍配が上がるのかもしれないが、戦い方というものは、それだけではない。
闇夜に紛れた戦いでは、彼らのほうが強いに違いない。
そして、王家の影については、王族であっても、その詳細は秘匿されている。
ところで、軍部の最高司令官って、誰だったかしら……。
もちろん、その答えは、王国民であれば子どもでも知っているものだ。
────ジェラルド・ラーベル王弟殿下。
彼は、国王陛下の末の弟であると同時に、国内最高の力を持つ精霊の加護を受けた、軍部の最高司令官なのである。
「あれっ!?」
王家の影は、王族と王族の婚約者や配偶者、すべてにつけられている。
彼らは、護衛と同時に謀反を起こしたり、王族にそぐわない行動をしていないか監視する役目を持つ。
ときに、王族相手であっても、拘束する権限すら与えられている。
「あの、レザン様は王家の影で、王家の影は軍部の最高司令官の直属部隊ということは」
「レザンは、私の直属の部下ということになるな……」
「──あの」
「それ以上言わないで欲しい! 君の情報は確かに集められていたが、プライベートについては詮索していないつもりだ!」
私は、軽く目を見開いた。
王太子妃として過ごしていれば、公私全てが王家に監視され、管理されるのは当たり前のことだ。
だから、私が言いたいのは、その部分ではなくて……。
「レザン様は、王家の影らしくなかったです」
「……」
そう、レザン様は変わっていた。
王家の影は、基本的に王族の周辺を日夜守っているけれど、姿を現わすことは少ない。
それについては、レザン様も同じだったけれど……。
「赤ワインをかけられてドレスを汚されれば、それよりも何倍も上等なドレスをすぐ届けてくれましたし……。靴に泥を塗られてしまったときは、汚れることがない銀の竜のうろこを使った靴を用意してくれました。恥をかくどころか、逆に羨望のまなざしで見られたくらいです」
「……」
王家の影だから、監視対象者の行動が王家の品位を落とさないようにそんなことをしてくれるのだと、思っていたのだけれど……。
仲が良かった第三王女殿下レイレア様と話したとき、王家の影が、そんなことまでしてくれるはずがないと言っていた。
「……令嬢たちのお茶会で嫌がらせされ、苦手な食べ物ばかりお皿にのせられたときも、そっとすり替えてくれましたし」
「──そこまでは、指示していないが」
「つまり、ドレスや靴については指示をしたと……?」
「……」
ちらりと、レザン様に視線を向けると、いつも通り完全に無表情なのに親指を立ててきた。
そう、王家の影はみんな無表情だ。でも、レザン様は、わかりやすい。いや、私の前でだけ、わかりやすいようにしてくれている。
「ずっと、見守ってくださっていたのですね……」
「……すまない! 君が困っていると、手を出さずにいられずに!!」
王太子の婚約者に選ばれたにもかかわらず、王太子から見向きもされず、むしろ邪険に扱われていた私は、一部の令嬢たちに馬鹿にされ、嫌がらせを受けることも多かった。
けれど、そんなときには、いつでもレザン様が助け船を出してくれた。
「レザン様にお礼を言うと、いつも我が主の指示ですから、という返答でした」
「……そうだろうな」
王家の影の主だから、私はてっきり国王陛下のご指示なのだと思っていたのに……。
「はあ。まあ、この話はあとにしよう。重要会議に、遅れるわけにはいかない」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
ジェラルド様は、少しだけ気まずそうな表情を見せた。けれど、その直後に私の頭は優しく撫でられ、頭頂部に口づけが落ちてくる。
あいかわらず慣れることなんてできずに、熱くなってしまった頬も隠せないまま見上げれば、いつも通り大人の笑顔が向けられる。胸が苦しい。素敵すぎるのは、罪なのだ。
扉が閉められると同時に、私は床に崩れ落ちた。
レザン様は、いつも私を助けてくれた。
その多くが、ジェラルド様の指示だったというのなら、私は知らないうちに幾度助けられたことか。
こうして、食堂には、あいかわらず無表情なレザン様と、顔を覆ったまま身動きがとれなくなった私だけが取り残されたのだった。
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