表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

10.土曜夜

10.土曜夜


 私は部屋で一人、着せ替えをしていた。

 悩んでいるのは明日着て行く服だ。先週買ったのは、ノースリーブのワンピース。ちょっと胸元が開いているデザインの。下にタートルを着るか、それともカーディガンを羽織るか、コートは薄手か厚手か……足元はブーツだと温かいけれど、ちょっと傷が入っているから、素直にタイツとパンプスがいいかもしれない。歩き回るとしたら、なるべくローヒールの方がいいけれど、女子大生になりきるならやっぱりヒールは七センチくらい欲しいところだ。

「七センチあったら、身長百六十五かぁ……ちょっと、近づくよね?」

 佐藤さんと並んだときに……と考えるだけで、私の頬はポポッとピンク色になっていく。私は慌ててブルブルと頭を振った。妄想し過ぎはキケンだ。しっかり地に足をつけて進まなきゃ。

「まずは、オトナになる練習から、かな……」

 七センチ分、踵を上げて背伸びして姿見の前に立つ自分は、確かに『女子大生』と言われればそう見える。メイクと服装次第では、新人OLくらいまで化けられるかもしれない。

 昨日の夜、私は部屋を徹底的に掃除した。溜めこんでいた昔の雑誌や漫画、中学生の時に着ていた服などを思い切って処分。オトナな佐藤さんに相応しくないものは全て……と思ったけれど、窓辺のニャンコだけは可愛いから残しておいた。

 これからは、読む本も、勉強も、少しずつレベルアップさせるんだ。ファッション誌は年代を少し上にして、漫画の代わりに小説を読もう。あとは何か資格を取ったり、将来に繋がる勉強をしなくちゃ。

 進路を経営学部にしたのは、ラッキーだったのかもしれない。簿記とか経営のノウハウをマスターすれば、いずれ佐藤さんの役に立てるかもしれないし。

 あと佐藤さんは英語も得意だし雑学も豊富。いきなり全部は無理だけど、少しでも追いつけるように努力しなきゃ。

「うん、妄想なんてしてる暇はないぞ。頑張ろう!」

 私が本当のオトナになるまで、たぶん佐藤さんは待っててくれない。そんな気がする。

 だったらふくらはぎがパンパンになっても、つま先が靴ずれしても、私は出来る限り背伸びし続けなきゃいけないんだ。

 私が力強くうなずいたとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はーい」

「おい、優奈さんやー、ちょっといいかい?」

「待ってっ」

 私は慌ててワンピースを脱ぎ、ジャージに着替えた。ドアを開けると、兄がぽりぽりと頭をかきながら立っていた。

 確かに兄なのに、ぱっと見は兄に良く似た別の人物……。

「なぁ、こんな感じでいいのかな、明日の格好」

「その眼鏡、どーしたの?」

「ああ、佐藤の兄さんに洋服貰って、予算がだいぶ浮いたもんでな。佐藤が『だったら眼鏡にお金かけた方がいい』って、先週作ってたのがようやく今日完成してなぁ。やっぱ高い眼鏡は良く見えるし、下向いても落ちなくて便利だな。内緒にしてたんだが、俺が昨日までかけてた眼鏡な、あれ一回どぶに落っことして」

「ちょっと、余計な話はいいからっ。その眼鏡、すっごい……」

 似合ってる、と言いかけた私は、慌てて口をつぐんだ。この兄は私がそんなことを言えば調子に乗るだろう。昔から、兄が調子に乗るとロクなことがないのだ。恋のパワーか、今の私は乙女の勘が鋭くなっているから絶対間違いない。

「うん、まあまあいいんじゃない? スッキリしてるし、髪型とか服装にも合ってると思う」

 着ている服はもちろん、佐藤お兄さんからいただいたお古だ。組み合わせも佐藤弟さんと相談済みらしく、ラフなように見えてセンスの良さが滲み出ている。

「靴はこないだ見せた皮靴な。結局靴下は買えなかったけど、普通の黒いのだったらいいだろ?」

「縦線が入ってるのはやめてね。あと傘とか変なマークのもダメだよ」

「まったく、優奈は厳しいなぁ。まあ最近じゃ佐藤のが厳しいけどな」

「佐藤弟さん、明日会えるんだよね? すっごい楽しみ!」

 前に「佐藤弟さんの写真って無いの?」と聞いたら、兄には「当日会うまでのお楽しみ」と言われてしまった。むかついたので文句を言ったら、なんと佐藤弟さんも私に会うのを楽しみにしていて、彼の方から情報規制を言い出してしてきたそうだ。

 そういうやりとりは、なんとなく『両思い』な感じがしてワクワクしてしまう。もちろん、いくら佐藤弟さんがお兄さん似の素敵な人だったとしても、私の想いは揺るがないけれど……。

「佐藤は明日かなり忙しいから、ゆっくり会わせてやれるか分からんけどな。まあ学校着いたら俺のケータイに連絡くれ。あと、俺は、えっと……美香ちゃんとさおりちゃんだっけ? 二人と会うの楽しみっつーか、なんつーか」

「あ、ゴメン。そーいえば昨日、美香とさおりにお兄ちゃんの写真見せちゃった」

「えっ……」

 その写真を撮ったのは、確か先月だった。もずく頭に瓶底眼鏡、兄がお気に入りの『フランシスコ・ザビエル』のロゴ入りTシャツを着て、リビングのソファでうたた寝している姿を。

 なぜかというと、その日の兄は見たことが無いくらい大きい鼻ちょうちんを作っていたからだ。『キモ度』の針が振り切れて大爆笑した私は、「リアルのび太発見!」とその姿を激写した。

 そのスクープ写真のおかげで、金曜の夕方は最高に盛り上がった。大いに笑って、きっと寿命が三日分くらいは伸びたはずだ。

「だから二人は、単純にお兄ちゃんのビフォーアフターっぷりを楽しみにしてるみたい。まあ……その格好なら、それなりに驚いてくれる気がするけどねっ」

 くすっと笑う私の前で、もしかしたら既にちょっとだけ調子に乗っていたかもしれない兄が、久しぶりのタコ顔を作った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ