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4.火曜夜/5.水曜夜/6.金曜夜

4.火曜夜


 そうして始まった、キモい兄改造計画。

 私が渡した諭吉三枚と、兄の虎の子である稲造一枚を合わせて、予算は三万五千円。

 貴重な原資を浪費させないために、まずは計画書を作らせてみた。協力してくれたのは、兄曰く“ナウい”友人代表の佐藤さん。名前からはまったくナウさが想像できない……というのは、自分の名字である斉藤を棚に上げ過ぎだろうか。

 しかし、コピー用紙に記されたその達筆な計画書を見て、私は思わず唸った。


<斉藤健一改造計画:買い物リスト(予算3万5000円)>

1.美容院(カットのみ、クセ毛を活かす形で):5000円

2.服(インナー/ユニクロ等):2000円

3.服(ジャケット/セレクトショップ):1万円

4.服(パンツ/古着屋):3000円

5.靴(皮靴/セレクトショップ):1万円

6.眼鏡(格安チェーン店):5000円

※以上、ネットショップ・オークションも活用してなるべくリーズナブルに。予算が余ったら靴下やハンカチ等の小物に回す


「お兄ちゃん……コレなかなかいいんじゃない?」

「ふふふー。そうでござろう?」

「偉そうに言わない! どーせリスト作りは丸投げしたんでしょっ?」

 さも自分の手柄のようにニヤつく兄を冷めた目で見つめつつも、私は内心ワクワクしていた。この手のビフォーアフター系テレビ番組が大好きなのだ。

「まあとりあえず、明日床屋……じゃなかった。その美容院とやらに行ってくるわ」

「お店もう決まってるの?」

「ああ、佐藤の兄さんが勤めてるって店紹介してもらった。しかし、わざわざ原宿くんだりまで髪切りに行くとはなあ」

 私は『原宿』の単語に、よしよしと頷いた。やはり佐藤さんは、なかなかのツボを抑えているようだ。

「まあせっかくそんなとこまで足伸ばすわけだし、ついでに竹下通りでもぶらついてみるかね」

 我が兄は、まったくツボを抑えていなかった。

 兄の口から『表参道』または『裏原宿』なんて言葉が出てくる日は……来ない気がする。



5.水曜夜


「優奈、ただいまー。竹下通りでクレープ食ってきたぞ。バナナとイチゴ味の二つな。いや、なんで二つかっていうと、さすがに恥ずかしかったもんで、他にツレが居る風を装ってだなあ……しかし二つは食い過ぎたかもしれん。ほれ、腹がパンパンになっちまった」

 Tシャツの下、やや出っ張ったお腹をぱふぱふと叩く兄。

 相変わらず、言動のキモさには変わりなし。

 服装も、まだキモいままだ。胸に『Francisco Xavierフランシスコ・ザビエル』と意味不明なロゴの入った黄色いTシャツに、コットンの白いジャケット(いずれも近所のホームセンターブランド)、愛用の微妙ウォッシュなスリムジーンズにディパックといういでたちも、いつも通りのタケノコ族風スタイル。

 しかし今日の兄は……そのファッションには全くそぐわない、恐ろしく“ナウい”髪型になっていた。

 全体的にしっかり梳かれ軽くなった前髪と、ワックスで散らされたサイド。もっさりしていた余計な後ろ髪も無くなり清潔感抜群だ。何よりモミアゲの長さと太さのバランスが秀逸!

「うん。かなりイイかも……その髪型はねっ」

「もう俺には何が何やら分からんもんで、佐藤の兄さんにおまかせで切ってもらった。ほれ、お前に土産」

 片腕に担いだディパックのチャックを開け、手渡しすればいいのにわざわざ放り投げてきたのは、美容院ブランドのシャンプー&コンディショナーセットだった。毎月カラーリングを繰り返す私が気にしている、毛先のパサつきを抑えるタイプ。

「これ、どうしたの? 買ったの?」

「いんや、佐藤の兄さんがくれた。お前の話ちょろっとしたら、今度タダで切らしてくれって頼まれた。それは賄賂ってとこだな。どうする? 嫌なら俺から断ってやろうか?」

「ふーん……カットモデルってことね」

 一体自分のことをどんな風に話したのやらと勘繰りつつも、私は兄のボロい財布から取り出された小さな紙を受け取る。『hairsalon Spoon 店長:佐藤和哉』と名前の入ったショップカードだ。

 お礼も兼ねて訪問するなら、早めに越したことは無い。ちょうど今週末は買い物に出かけるし、その後でも大丈夫か聞いてみよう。カットモデルって、どんな髪型にされるか不安だからやったこと無かったけれど、あのもずく頭をカットだけでこんな風に加工してしまう人なら安心して任せられる。

「ちょっと、大人っぽくしてもらおっかな」

 次の週末には、半年分背伸びした自分が、女子大生気分でキャンパスを歩く……その姿をイメージして、私はふふっと笑った。すると兄が「お前一人でニヤニヤして、キモいぞ」と言ってきたので、手にしたシャンプーで攻撃しておいた。



6.金曜夜


 珍しい時間に、玄関のチャイムが鳴った。

 リビングのカーペットに座ってテレビを見ていた私に、キッチンに立つお母さんが「ちょっと優ちゃん出てー」と声をかける。立ち上がろうとした私を、定位置のソファに寝転がっていた兄が制した。

「あ、俺行ってくるナリ」

「よろしくナ……」

 私は、慌てて自分の口を手で塞いだ。

 危うく、あの妙な口調を移されてしまうところだった!

 冷や汗を拭う私の耳に「どーもー」という青年の声が届く。宅急便だったらしい。

「おい、優奈さんや。見ておくれー」

「何?」

 届いた荷物は、大きな段ボール箱だった。ガタイの良い兄が、両手をめいっぱい広げてもギリギリで、私だったら一人じゃ持てないサイズ。それをリビングの床にどすんと下ろし、兄は宛名部分を指差した。

「ほら、ここ」

「これ、お兄ちゃん宛の荷物じゃん。どーしたの?」

「いや良く見ろって。俺宛じゃないぞ」

「だって、斉藤健一って……ん?」

 良く見るとそこには『斉藤健一氏様』と書いてあった。得意げに兄は言う。

「ケンイチウジ、で頼んでも荷物は届くってことが証明されたナリ! あ、ケンイチウジってのは、俺が学校で呼ばれてるニックネームのことな」

「ふーん……それで、中身は?」

 私も今回の改造計画のおかげで、だいぶ兄との会話が板についてきたようだ。今までなら、ふーんのヒトコトも言わず、部屋へ逃げ込んで『王様の耳はロバの耳』をやっていたところだ。

「まあ、見て驚くなよ? ってまあ、俺も中身は知らないんだがな」

「知らないって……そんなものが何でお兄ちゃんに届くのよ」

「そりゃあ、アレだよ。佐藤が送ってくれたからさ」

「えっ! 佐藤さんがっ?」

 良く見ると、差出人の欄には『佐藤祐希』と記されている。あの計画書と同じ達筆な字だ。

 私のテンションは、一気に急上昇する。

 昨日学校のパソコン室から、佐藤お兄さんの美容室のホームページを見てみたのだ。念のため、お店の雰囲気を確認してからカットモデルの返事をしようと思って。

 お店は、想像以上に素敵だった。なにより、店長紹介のページに出ていた佐藤お兄さんのキャリアが凄かった。

 顔写真は無いものの、二十六歳と書いてあったからなかなかの若さだ。つい去年までヨーロッパで修行して、今年帰国しお店を開いたばかり。なのに、お店はマスコミにも出まくり。OLさんが読むような雑誌中心だから、私は知らなかったけれど。

 お値段も、本当はカットが八千円。店長ご指名だと一万円もする。うちの兄が五千円で済んだのは、弟さんからの紹介で割引してくれたに違いない。本当に佐藤さんってイイヒトだ。

「あ、私も佐藤お兄さんにカットモデルの予約入れたよ。日曜の夜に行ってくるから、佐藤さんにもお礼言っといて」

「ん、了解っ……と!」

 厳重に貼られたガムテープ剥がしに悪戦苦闘していた兄が、思い切って段ボールの蓋部分を力任せに破り始める。

 その中から現れたのは……。

「うわっ、スゴイ!」

 出てくる出てくる、メンズ高級ブランドの洋服たち。私が知らないブランド名のタグが付いている物でも、仕立ての良さを感じる飽きのこないシンプルなデザインの品ばかり。さすがに薄手のインナーは無いけれど、コートにブルゾン、セーターにパンツ、良い具合に色落ちしたジーンズ……この秋冬から早速使えそうなアイテムばかりが、二十着程詰まっていた。

「良く分からんけど、そんなにスゴイのか? これ」

「スゴイって! どーしたのっ? 佐藤さんのお古じゃないよね?」

「ああ、佐藤の兄さんのな。なんでも、今佐藤の兄さん一人暮らししてて、実家に残ってた荷物処分するっつーんで、要らない服譲ってくれることになったんだと。前はちょうど俺と体格が似てて、今はちょっと痩せたからもう着ないんだってよ」

「それはラッキーだけど……これたぶん、値段かなりするよっ」

「ふーん、そうなのか。とりあえず佐藤には宅急便代渡して、あと今度学食おごってやることになったんだが」

「学食っていくらよ」

「まあ、五百円ってとこか?」

「信じらんないっ! もっとちゃんとお礼してっ!」

 ああ、このアホ兄ときたら……これだけのブランド品の服、ネットオークションで買い叩いても軽く三万円以上はするはず。

 身体にはフィットするものの、身の丈に合わなすぎるワードローブの数々を前に、兄は「じゃあ、デザートにプリンでもつけてやるか」と、ピントの外れまくった改善案を呟いた。


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