終わらない怪異に
そうして――重田 雷古は、自分の部屋にある、自分のラジオに苦しめられる事になった。
電池を抜いた。アンテナも引き抜いた。何重にも箱に封じ込めた。それでも――『何か』を受信したラジオは、鳴り止むことが無い。どこの誰とも知らない女の声に怯え、雷古はその日一日を過ごすしか無くなった。
不幸中の幸いは、ラジオは雷古の部屋から移動しなくなった事……だろうか。今までずっと追い回してきたのに、雷古の部屋に着た途端、瞬間移動して追い回すのを止めたのだ。
かといって……安心できる筈もない。事実上、彼の部屋はラジオに占領されてしまったようなものだ。何とか解決できないかと、翌日重田は『神社ではしゃいだ二人と、教室で話し合った』
「いやー昨日はマジ怖かったよな!」
「ホントホント! まさかラジオに追いかけられるなんてなぁ……」
「いや……まだ終わってねぇんだわ」
「「えっ?」」
どうやら二人は『逃げ切った』『もう終わった』と考えていたらしい。雷古の家に『イかれた女の声のするラジオ』がやって来ているなどと、想像外のようだ……
雷古は正直に話す。そして助けを求める。あのラジオをどうにかできないか、助かる方法はないのかを、あの場に居合わせ、恐怖を共有していた二人に請う。
だが……彼ら二人が口にしたのは、あまりに冷たく無情な反応だった。
「んな事言われてもなぁ……どうにもなんねぇ、どうにもなんねぇよ」
「お祓い行くしかない……のかね」
「いやいやいや、馬鹿にならない金がかかるだろ。我中学生ぞ?」
「う、うーん……」
困ったような目線。憐れみと同情こそ寄こすが、もう二人は完全に距離を置いていた。散々恐怖は味わったのだ。もう関わりたくない、もっと恐ろしい目には逢いたくない。それに今は重田が引き受けてくれている。距離さえとっていれば、自分たちに実害は無さそうだ。金だって持ってないし、霊能者でもない。かわいそうだが、雷古に犠牲になってもらおう……
もちろん、言葉にはしていない。顔だっていかにも沈痛な面持ちだ。けれど……彼らの行動、彼らの底にある態度から、そうした悪い感情が滲んでくるのが、はっきりと見えてしまう。雷古はすっかり嫌になってしまい、話を適当に切り上げ悩みを抱えこんだ。
(どうしよう……どうしよう……)
昨日は弟に事情を話し、彼の部屋の床に寝させてもらった。けど、誤魔化す期間にも限度は存在する。部屋に我が物顔で居座るラジオを、出来るだけ早急にどうにかしなければ。雷古は今中学三年生。受験に向けて勉学に励まなければならない時期。なのにあんなのと同居していては、勉強に手が付かないではないか。
現に……雷古はその日一日、授業に全く身が入らなかった。気が付けば夕暮れ時、これからどうすればいいのか、ぼんやりと教室で悩みこむ。外の世界も、心の中も、黄昏に包まれてしまう中……「にいちゃん」と不安げな声が雷古の耳に届いた。
弟の風太だ。同じ学校、中学一年生の弟。そう言えば事情を話した相手はもう一人いたか。しかし雷古が知る限り、弟に『霊感』の類は備わっていない。解決には至らないと言う失意と、身内だから心配してくれている、と言う安堵との板挟み。弱り果てた兄に対して……弟は『後ろに隠れていた、異様な人物』を紹介する。
「にいちゃん……その、彼は『怪異に詳しい』クラスメイトなんだ。話してみない?」
現れたのは片眼鏡に、マントのように学ランを羽織る生徒。特徴的な格好もそうだが、雷古は肌で感じていた。
――この生徒から……神社で感じた時の空気がする――
異質なモノに、遭遇した時の気配。
この世の法則の外側にいるような輩の気配。
目を合わせる。思わず息を呑む。固くこわばった雷古の表情を見て、紳士がするように……弟が連れて来た人物は、優雅に、あるいは慇懃に一礼した。
「初めまして。ボクは明石 優魔。その様子ですと――ボクが本物か偽物かは、証明せずとも良さそうですね?」
「あ、あぁ……なんか、空気が、違う」
「えぇまぁ、そうですね」
「本当に生身の人間か?」
怪異じみた気配に、つい雷古は警戒心をむき出しにする。下級生の彼は笑って頷いた。
「酷いなぁ。今はまだ、れっきとした生身の人間ですよ? しかしこれは……かなり怪異の気に当てられているようです。早めに処置した方がよろしい」
「…………命にかかわるのか? ま、まさか神様の怒りに触れたとか……」
「いえ、それは無いでしょう。日本の神の怒りを買ったら――こんな物じゃすまない。下手したらその日の内にコロリです。とはいえ、実物と状況を聞かせて頂かないと、こちらも対処のしようが無い。今日はもう遅いですから……明日、ラジオを持って現場に来ていただけますか? できれば経緯もまとめて下さると、やりやすいです」
「あ、あぁ……わかった」
そいつの気配は、紛れもなく異質。
しかし、適当に流そうとしていない……この事態に真剣に取り組もうとする、気概を感じられる。
弟の連れて来た相手に警戒しながらも――少しだけ、頼もしいと思った。