寂れた神社で
なんであんなことをしてしまったのか、重田 雷古は勉強も手につかず、過去の行いを心底後悔していた。
必死に耳を塞いでも、ラジオから溢れる恨めし気な『何か』の声は止まらない。電池は抜かれ、アンテナはへし折り、金属の箱と布に何重にも封印を施したにも関わらず……親から譲り受けて愛用していた、古いラジオは鳴り続けていた。
最初からこんな異常性を持っていた訳ではない。原因は三日前に遡る。刺激を求めた重田少年と、他の二人で古ぼけた神社に、ラジオ片手に突撃を仕掛けたのが原因だ。
中学三年生の彼らは……退屈な日常に飽き飽きし、受験ストレスに押され、同時に刺激に飢えていた。そんなある時、トモダチグループからこんな提案を受けたのだ。
「近くにいい感じの雰囲気の神社を見つけた。ちょっくら行ってみないか?」
年頃の学生に、神秘やホラーに憧れる傾向は少なからずある物。繰り返す日常を壊そうと、彼ら中学三年生グループは、小さな神社に突撃した。
しかし彼らは、ただ突撃するだけじゃつまらない。彼らは思い思いに考え、色んな道具を持ち込んでいた。
お供えと称したコーヒーの缶。巫女さんが持ってそうなお祓い棒。そして古びたラジオ。なんだか良く分からない、適当な道具を手に社に向かった。
「ほえ~……雰囲気あるなぁ……」
同じ中学に通う者達だけあって、集合は十分とかからない。さらに歩いて五分、駅から外れて進んでいくと、びっくりするぐらい深い森が広がっていた。たった五分歩いただけで、周囲は深い木々に覆われ、車の走行音も聞こえやしない。駅の近くに神社仏閣がある事も珍しくないが、明らかに駅前の中の神社と空気が違った。
周りからちょくちょく雑音が聞こえるし、人の流れだってそこそこある駅前神社と違い、開発地域の外の神社は、神聖な静謐に包まれていた。
「うわぁ、こんな所あるわけ?」
「やべぇなぁ……夜に来なくてよかったぜ」
「夕暮れでも十分怖いな……」
色の落ちた鳥居、ほつれてボロボロのしめ縄、半分が千切れて落ちた紙きれ……明らかに手入れがされていない、いかにも忘れ去られた神社と言う空気に、三人の全員が息を呑む。肝試しにはぴったりだと、三人組は恐々としながら、神社の敷地に侵入した。
『天満宮』と刻まれた石碑を通り過ぎ、寂れた社に中学三人組が入り込む。とりあえずで賽銭箱に五円玉を投げ込んだのは、如何にもな雰囲気に気おされ、これからふざける事に恐怖を覚えたから……かもしれない。
最も、中学生特有の妙なプライドのせいで、ビビリとからかわれるのを嫌って、誰もそのことを口にはしない。空元気か虚勢か知らないが、さも「自分は平気だ」とウェイウェイはしゃいだ。
「まぁまぁ! いい空気だし! 暑い夏にゃぴったりだよなぁ!」
「そ、そそそそうだし! お化けなんて出ない出ない!」
「おっ、フラグか? フラグなのか?」
「その後、重田を見た者はいない……」
「おい馬鹿やめろ! この話は早くも終了ですね!」
「ビビってる? 日和ってる!? お化けに日和ってる奴いるぅ!?」
「「いねぇよなぁ!?」」
と、馬鹿騒ぎしながら、適当に持ち寄った物品を中学生たちはおっぴろげた。コーヒー缶もついでにお供えし、お祓い棒を適当にブンブンと振りかざし、アニメのもじった呪文やら詠唱やらを、超絶適当にノリと勢いで並べた。ラジオの電源も入れて、DJよろしくチューニング。時々入るチャンネルの音声もあるが、ほとんどはホワイトノイズを吐き出していた。
流行りのアニソンを口ずさみながら、夏の夕暮れ、寂れた神社で納涼する三人組。重田少年のラジオノイズと、馬鹿騒ぎする三人を咎める人間は誰もいなかった。
最初こそビビっていた三人。大声もはしゃぐのも、恐怖の裏返しだったが……何も起こらない事に気が大きくなり、どんどん行為はエスカレートしていく。受験シーズンのストレス発散、ちょっとしたガス抜きと刺激を堪能し、満喫した彼らは帰ろうとした。その時だ。
――急に、神社内の空気がシン、と冷えて、凍り付くような静寂が訪れた。
沈みゆく夕焼け、森のざわめきは不思議と聞こえない。騒いでいた三人組は異常に気が付き、お互いの顔を見合わせる。虫の声も、風の音色も、何もかもが急に――文字通り静まり返った。
痛いほどの静寂。異様な雰囲気。暗闇に沈んでいく世界の中で、三人は神社の中で立ち尽くす。誰が言うのでもなく、証拠も何もないのに、急に異界に飲み込まれてしまったかのような……そんな感触に包まれていた。
不気味なまでの、沈黙。今までのように騒げば良い? 馬鹿な。この空気を迂闊に破ってしまったら、その反動を受けそうで怖い。逃げ出したい、抜け出したい、そうは思っているのに、金縛りにあったかのように動けない――
その時、気が付いた。置かれたラジオ、適当にチューニングしていた古びた受信機も――完全に『沈黙』している事に。
こんな神社の中じゃ、電波の入りも悪い。ずっとノイズ混じりの音声だったのに、電源が入っているのに『完全に』余計な音声が消えていた。
ラジオの持ち主である重田は、その異常に最初に気が付いてしまった。釘付けになった目線で、完全に沈黙したラジオを怯えた目で見つめる。
「「「……………………」」」
ジワリ、と嫌な汗が全身から溢れてくる。不自然なほどの静けさで、足音一つ立てる事も出来ない。どっ、どっ、と心音が響く中……小さく何かの声が聞こえてくる。
『……クッ……ケ……』
ラジオから……『全くノイズのない』女の声が響いてくる。機械を通しているのに、まるで肉声のような滑らかな発音だ。ここにいる中学生は男性三人。女の声は聞こえる筈がない。なのにどうして? 三人ともじっとラジオをギョッと見つめた。
『クケ……クケケッ……』
なんだ? なんなんだ? 意味が分からず、静かなこの場所で立ち尽くす。徐々に明確になっていくラジオの声は――突如として静寂を破壊した。
クケケケケケケケエエエケッケケエエエケエェエェエエッ!!!
狂った声、笑っているのか、壊れているのか分からない。ただ、その大音声に三人は我に返り、悲鳴を上げて一気に逃げ出した。
「う、うわああぁああぁぁ!?」
「ひいいいぃぃっ!?」
「なんだよこれ!? なんだよこれ!?」
『クケけえええけけけっけえくけけけけっ!!』
信じられない事に、呼吸せずに声を上げ続けている。そんな事はどうでもいい。逃げなければ。立ち去らねば。ともかく三人は大急ぎで、小さな神社から逃げだした――